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2019年08月18日

生体内原子転換による核エネルギーによって哺乳類・鳥類は恒温化した

スミルノフ物理学派の佐野千遥氏は次のように指摘している。「現代西洋医学は、人体が一日に必要とするエネルギー量を食事から摂取する2300~2500kcalだけと考えているが、人間の体は例えば室温6℃の中で体温を36℃に保つ為だけでも57500~62500kcalが必要。このエネルギーはどこで生み出されているのか、現代科学は説明できない。」
「生命体は単なる物理的物体ではない:生命体の物理学基礎理論的特徴付け」
また、世界中には不食で生きている人が何千人もいる理由や、鶏のエサにはカルシウムがほとんど含まれていないのに、その卵にはカルシウムが一杯含まれている理由も、現代科学では説明できない。

安保徹氏(新潟大学医学部)や森下敬一氏(千島学説)らは、鶏の卵のカルシウムが存在するのはカリウム→カルシウムへの原子転換であると提唱している。
普通のカリウムは陽子数・中性子数とも39だが、中性子数40ある同位体カリウム40が0.01%程度、存在する。
このカリウム40は1個多い中性子が崩壊して電子を出しながら陽子になる。そのとき、元素周期律表で右隣に並んでいるカルシウム40になる。 カリウムを含む葉を食べた鶏からカルシウムが大量に含まれた卵が産まれるのは、鶏の体内でカリウムがカルシウムに原子変換しているからであるが、その原子変換のときに核エネルギーが放出される。
「ほとんど食べずに生きる人々と、渡り鳥が飛び続けれる理由。 (酸素燃焼によるカロリー理論ではなく、細胞レベルでの原子核反応)」

栄養学では基礎代謝というと化学反応しか見ずに、放射能反応を考えていない。
確かに、酸素と物質が化合すると酸化エネルギーが発生する。初期の栄養学者たちは、この酸化の化学反応のみに囚われ、炉の中で食物を燃やして発生する熱量を測定し、それと同じ熱量(エネルギー)が生体内で発生する、と考えた。現代の栄養学も酸素による酸化のみがエネルギー源とするカロリー理論を未だに信奉している。 実際、渡り鳥には何も食べずに地球半周を飛ぶ種もあるが、この驚異的なエネルギーは酸素燃焼によるカロリー理論では説明がつかない。

しかし、自然界のエネルギーには、これら物質同士の化学反応以外に原子核が反応する核エネルギーがある。 そのエネルギー量は化学反応エネルギーの何十万~何百万倍にものぼる。
人体内では酸化によるカロリー(熱量)発生と同時に、細胞内に一杯あるカリウム→カルシウムへの原子転換による核反応によりエネルギーが発生している。
不食の人々が何十年も生きていたり、渡り鳥が何も食べないで地球を半周もできるのは、体内の原子転換による核反応エネルギーを利用しているからである。(普段食物から十分にエネルギーを摂っている時は、このシステムは作動しないが、少食、断食、飢餓状態などのとき、この核エネルギーによるバックアップ・システムが作動する。)
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生体内の原子転換は、カリウム40→カルシウム40だけではなく、他にもある。
哺乳類や鳥類が恒温化を実現したのも、様々な原子転換による核エネルギーを熱エネルギーに変換させているからであろう。

佐野千遥氏は「熱とは何か?温度とは何か?現代熱力学の誤りを正す」で次のように述べている。
「熱とは元々方向性を持ったエネルギーが細分化しそれぞれ違った方向に向けられ、総体として方向性を失った形態のエネルギーの事であり、実際の物質世界においては電子が振動すると電磁波を発するその仕組みにより、初めの方向性を持ったエネルギーの衝突の衝撃が電子を約3万ギガ・ヘルツの振動数で振動させあらゆる方向の赤外線、つまり総体として方向性を失った赤外線エネルギーへと変換されたものが熱エネルギーである。」
この「方向性を持ったエネルギーの衝突の衝撃が電子を振動させ、方向性を失った赤外線に変換する」。この電子を振動させる方向性を持つエネルギーの正体は、生体内の原子転換による核エネルギーだと考えられる。
もちろん、変温動物にもこの仕組みは存在するはずだが、それをさらに発達させたのが恒温動物なのであろう。

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2019年08月16日

★明治→大正→昭和と、試験制度(詰め込み教育)の弊害が加速

明治維新政府による試験制度=エリート教育が日本の国家を衰退させた原点より続きます。

明治維新政府は科挙試験のようなペーパー試験を採用することにより、 点数が人物評価の絶対的尺度となっていきました。
それにより“国”のことではなく、“自らの立身出生”にのみ強い関心を抱く者が圧倒的に増え、 試験制度⇒詰め込み教育の弊害=国家の衰退を加速させていきます。

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『新糾弾掲示板』「スレッド<官僚論・東大論」 からの引用。

明治が終わり大正時代が始まりますと、明治維新から国家の近代化を進め、日清、日露戦争を戦った維新の志士たちの時代が終わり、高等教育を受けたエリートたちの時代になっていました。日本の経済もお上という官営主導の産業構造でしたが戦争需要を背景として欧米列強に並ぶ発展をしておりました。藩閥や閨閥による企業経営や新興財閥の形成などがあり、多くの成金達も出現しました。しかし、西欧列強の侵略を免れ、皇帝専制政治から議会を通じた政党政治を志向するアジアのリーダーたる条件が整えられていた時代でもありました。
この時代こそが、近代日本の国家形成にとり極めて重要な時期であり、真のアジアの開放、アジアの発展、ひいては日本の国家繁栄のための近代的国家戦略と政治が、新興のアメリカ同様に日本人の全ての叡智を集めて行われなければならない極めて重要な時代であったのです。そして明治維新後に創設された最高峰の学校の究極の設立目的が、国家100年の大計たる維新後半世紀のこの時代のための人材育成に他なりませんでした。山本権兵衛や原敬首相は藩閥政治打倒のために、高等教育出身者の登用を推進しました。原敬などは高等教育機関の不足を実感し、専門学校だった早稲田や慶応を東京帝大と同格の私立大学に昇格させました。
しかし世界的近代国家への入り口の時代だった山本権兵衛内閣は明治の最難関たる海軍兵学校出身者らが起こした汚職事件で退陣を余儀なくされました。これはシーメンス事件(1914年,大正3年)と呼ばれますが、ドイツの武器会社シーメンス社やイギリスの軍艦造船会社などから賄賂を受け取った空前の疑獄事件でした。ここに関わった海軍の高官はいずれも海兵-海大出身者であり、それに新興財閥の三井物産が中継役を果たしていました。
陸軍士官学校はどうだったでしょうか。それは1918年のシベリア出兵でよく見えます。ロシア革命の列強国による干渉戦争だったこの派兵は海軍長老の山本権兵衛や原敬首相の日米共同歩調の政策・指令に対して、陸士-陸大出身者により率いられた陸軍参謀本部はこれを無視し、列強国が撤兵した後も何の展望も戦略もなく駐留し続けました。目的もなく極寒の地に駐留させられる兵士達の中に不満が渦巻きました。このときの陸大卒の司令官津野一輔は荒んだ兵士達の略奪強姦を鎮めるために陸軍公認の慰安所を設置しました。従軍慰安婦問題の先駆けです。結局この派兵は当時の国家予算12億円に対して9億円を浪費し、尼港事件のような多数の日本人の命が失われ、その挙句に日米関係の悪化と世界的な孤立という歴史的に全く馬鹿げた派兵に終わりました。
国内では高騰する米価の調整に官僚主導の行政が失敗し、軍需品にかこつけた買占めが横行して日本経済は深刻なインフレと不景気に見舞われました。米騒動という国民の暴動が各地に起こりました。また、この派兵をめぐる国際外交では、後に首相となる幣原喜重郎駐米大使の失敗につぐ失敗の外交が挙げられていますが、幣原は陸軍に対して外交は外務省一元外交である旨を通告し、現在の省庁縦割り行政の先駆けになりました。陸軍は「戦争遂行に素人は口を出すな」、海軍は「海戦に素人は口を出すな」の首相や元勲をも超える縄張り意識が難関出身者達の間で深刻に形成されていった時でもありました。

 

さて、シベリア出兵後のインフレ不況から大正13年に関東大震災が起き、日本経済は更に打撃を受けました。ここで山本権兵衛が再度内閣を組織しますが、摂政時代の昭和天皇暗殺未遂事件が起きてまたも退陣し、選挙管理内閣の清浦の後をついで東大首席の加藤高明が首相になりました。次のやはり東大首席の若槻礼次郎内閣のときに昭和の金融恐慌が起こりました。これは震災手形と呼ばれた債権が文字通り不良債権化したことから起きた恐慌で、破綻する銀行が相次ぎましたが若槻内閣は有効な手を打てず、総辞職します。
昭和天皇は明治天皇と同様に文官官僚による政治運営を希望したと伝えられていますが、東大卒外交官の幣原喜重郎の曖昧自由主義外交や若槻の経済失政の混乱で、長州閥陸大出身の田中義一内閣の登場を許すことになりました。田中は一転して文官官僚の政策を軟弱とみなし、外交方針も軍縮も全て反故にし、シベリア出兵の教訓を生かすことなく満州侵略の野望を膨らます満州関東軍参謀の陸大出身板垣征四郎や石原莞爾の暗躍を許すことになります。
同じ関東軍参謀であった東條英機は、戦後の東京A級戦犯裁判の法廷で、「自分は天皇の忠実な臣下として戦ったまでだ」と答え、ならばこの戦争は天皇の意思・命令によったのかと尋ねられると、「自分が独断でやった」と言葉を変えています。これが真実だと思いますが、明治維新後に嘱望された日本のエリート達は陸士、海兵、或いは東大卒以外の人間の言葉には耳を貸さないという想像を絶するエリート意識の権化となり、それは天皇にまでも及ぶ凄まじいものになっていたのです。まさにおのれの自尊心や虚栄のためならこの国が滅びようとも変えないという「詰め込み教育欠陥人間」と呼ぶにふさわしい最低の日本人に成り果てた姿でした。
張作霖爆殺にはじまる満州事変の勃発で、昭和天皇から叱責されて退陣した田中内閣の後を東大次席の浜口雄幸が引き継ぎますが、彼が片腕と頼む井上準之助の緊縮経済や金解禁は見事に失敗に帰して、日本経済は破綻寸前に追い込まれました。浜口は恐ろしいほどの頑迷実直さで、井上はその傲岸不遜のためにテロに倒れますが、日本経済を救うのはまたしても金融恐慌のときの大蔵大臣、かのヘボンが創立した明治学院出身の高橋是清の積極経済政策でした。

 

政治を壟断する東大卒官僚を見下すことが出来る人間は、日本には陸軍大学と海軍大学卒業生しかおりませんでした。海外の先進的教養や文化を学ぶ機会を奪われて五・一五事件、二・二六事件を起こした畸形人間の彼らには、この国の行く末など眼中にはありませんでした。ただ一言、狂気が支配していたのです。昭和12年の二・二六事件の直後に行われた斎藤隆夫の粛軍演説は、外交主導で戦争回避を願ったとされる東大首席の広田弘毅を前にして行われましたが、厳しく粛軍を迫ると同時に政治姿勢や教育にも及びます。それを引用します。
「広田首相の声明の中には、確乎不抜の国策を樹立して以て之を実現する、・・一方に政策と云う言葉がある。国策と政策とはどう違うのであるか、甚だ曖抹に用いられて居りまするが、併し国策と云う以上は、少くとも日本国家の進むべき大方針であるに相違ない、日本国家の進むべき大方針が、今日に於ても未だ決って居らぬ、是から研究して決めるなどと云うことは、私に取っては甚だ受取れない。」
「学制改革は今日世界文明国に於て最も重大なる問題となって居るのであります・・・・然るに我国の教育は如何なるものであるかと云うと、・・所謂過度の詰込主義に偏して、精神主義、人格主義を殆ど無視して居る、是が為に中途に倒れる者がどれだけあるか分らぬ、斯う云う時代遅れの教育を施して居りながら、所謂躍進日本の運命を担えと迫った所で、是が出来ることか出来ないことか、考える迄もないことである。」
こうしてこの日本の国は亡国の大東亜戦争に突入してゆくことになりました。点数序列の優越意識に固まった暴力集団の軍事官僚を前にして、「ああ玉杯に花受けて」の官僚達は手も足も出せず、おのれの無力を呪うわけでもなく、同じ狂気の次元で暴力に加担し、国民を見下し続け、同じ亡国の道を先導したのです。国家最高峰の難関の門など虚構に過ぎないことを虚しく伝えています。

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2019年08月11日

日本語を話す弥生人は何処から来たのか?(1)

「日本語を話す弥生人は何処から来たのか?」
在野の歴史研究家・丸地三郎の「試論」(リンク)を紹介します。これまで、多様な説があった日本語の起源について一石を投じる内容です。

日本語はウラル・アルタイ系と言われるが、近隣のシベリヤ・韓国・中国・モンゴル・台湾の言語系とは異なる。アイヌ語とも異なり、日本語に類似した言語は無いと云われて来た。
その一方で、日本語各単語の発音の根底は南方のインドネシア・ポリネシアなどの体系にあるとも。(ブータンの着物との類似、、中国雲南地方との納豆文化の
類似など、単発的な風習や単語の類似から、南方から原始日本人は来たとの説も頷ける。)諸説あるが、信ずるに足りる論拠に欠けているように思え、「日本人の源流」は、謎のままであった。

★ しかし、この疑問を解く材料が最近の研究から生まれてきた。
・DNA分析を含む、近代科学の研究。
・ 比較言語学が極めて面白い「真理」を導きだした。
・民族学の研究成果
・歴史の研究
⇒ 科学と言語学と民族学と歴史の成果を総合していくと、今まで考えられもしなかった一つの道筋が生まれてきた。

【現代人の特徴・地域分布】
・北九州から近畿地方を中心に、面長・扁平な顔立ちの人の割合が高い。(一般的に渡来系と云われる)
・関東から東の地域には巾広の彫の深い顔の人の割合が高い。(在来系・日本古来の民と見られる。)
・ アイヌ人と沖縄の人は類似している。在来系・日本古来からの民の血の濃い人達。
・DNА鑑定:アイヌ人と沖縄人は極めて近い。飼い犬のアイヌ犬と琉球犬も同様。(DNA鑑定では、九州人・近畿人より関東人の方がアイヌ人・沖縄人に近い。)
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【アイヌ人・沖縄人】
・元から広く日本全体にに住んでいた人種では?
・それは、日本に広く分布が確認される縄文人?
・何語を話していた? アイヌ人の親、その祖先は、何語を話してしていたか? 勿論、アイヌ語。
・沖縄では、アイヌ語は残っているか?
・何らかの事情があり残らなかったものと想定。(大野晋著「日本語の起源」の中に記された宮古諸島の言葉の項がその間の事情を想起させる

【 縄文人は?】
・狩猟だけでなく・広義の農業を行っていた。栗、陸稲
・三内丸山遺跡の大集落、巾広い交易活動
・日本国中に広く居住していた。
・勿論、独自の言語を持っていた。

【渡来人は?】
・縄文人を皆殺しにして侵略をしたのか? ⇒渡来人と縄文人は混血をかさねた。弥生人は、渡来人と縄文人の混血。
・弥生人は、何語を話していた? ⇒日本語を話していた。
・渡来人は何語を話していた? ⇒日本語を話していた。
・渡来人の言葉が、一般的な言語になる状況は? ⇒ 渡来人は、小人数で、来て、縄文人の中に交じって、言語をかえた?
・縄文人は自発的に言葉を変えた? ⇒「母国語を自発的に捨てる」そんなことは起りえない。洋の東西の歴史でありえないこと。 渡来人は圧倒的な武力と人数で縄文人を圧倒し、支配したはず。

★では渡来人とは誰なのか? 何処から来たのか? いつ頃日本に来たのか?
次回に続きます。

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2019年08月10日

佐野千遥氏の熱理論⇒恒温動物は水分子の自転加速によって熱を発生させている

哺乳類と鳥類が恒温化した理由(熱を発生させる仕組み)は、未だわかっていない。
生命の代謝エネルギーと熱を発生させるのは、ATP(アデノシン三リン酸ATP)と言われるが、その仕組みは未だ解明されていない。
ATPは、ADP(アデノシン二リン酸)と無機リン酸への加水分解することで、大きな自由エネルギー(ATPエネルギー)を生み出すとされているが、ATPも水があってはじめて機能する。水がATPエネルギーを作り出す重要な役割を担っているらしいことが示唆されている。
文部科学省「水を主役としたATPエネルギー変換(鈴木 誠)」
だとすれば、水が恒温動物の熱発生に関与していると考えられる。

改めて、熱が発生する原理構造に立ち戻って考えてみる。
佐野千遥氏によると、
「現代西洋医学は、人体が一日に必要とするエネルギー量を食事から摂取する2300~2500kcalだけと考えているが、人間の体は例えば室温6℃の中で体温を36℃に保つ為だけでも57500~62500kcalが必要。このエネルギーはどこで生み出されているのか、現代科学は説明できない。」
「地球の空洞⇔地表を循環する水は負の誘電率・透磁率を持つ。生命体も同様。」
「負の誘電率・負の透磁率の空間では、外から中へ入り込むエネルギーよりも、中から外へ出て来るエネルギーの方が恒常的に大きい。」
「生命体は宇宙からエーテル(エネルギーや情報)を取り込み、反エントロピー過程を増大させる。太陽がエーテルを取り込んでエネルギー=質量の補充をしているのと同様に、生命体もエーテルを取り込んでエネルギーに資する。質量の大きな原子のミネラル類が生命体の体の中でエーテルを取り込む役割を担う。」

また、佐野千遥氏は、温度を上げると風船が膨らむのは、分子の自転運動が加速され、反重力が働くからであると述べている。
「スミルノフ物理学の高校生教科書」第5章:ニュートン・スミルノフ熱力学
「温度が上がれば、空気分子の直線速度があがるとする従来の熱力学の粒子モデルは誤りである。「風船にガスを入れて温度を上げると風船が膨らむのは、温度上昇によってガスの分子多数が速度が上がり、風船の内壁により勢いよく衝突するからである」という定説は根本的に誤りである。
正しくは、風船に空気を入れて温度を上げると内部気圧が上がって膨らむ原因は、温度上昇で自転が加速された分子が風船内壁に反重力を及ぼす為である。」
「また、ガスの塊が、空気中で拡散する理由は、地球の内部の負の世界から漏れ出た重力の作用でガスを成す分子が微弱ではあるが+/-にイオン化つまり、右巻き左巻きのN/Sに磁化されて、互いに他の自転速度を加速するので、互いに繋がったS極系粒子同志が自己の質量を成すS極系エーテル繊維を放出し合い、S極系粒子同士が互いに他に対し反重力=斥力を及ぼす為である。」

逆に、分子の自転運動が加速すれば(反重力が発生するとともに)熱が発生し高温になるはずである。
実際、水分子は常に自転している。水H2Oを構成する2つの水素原子Hと1つの酸素原子Oは、+極、-極に帯電し、1秒間に1兆回ほど水素結合が切れたりつながったりしながらスピン状態(自転運動)が起こっているという。
「水のメカニズム」
電子レンジはマイクロ波という電磁波を照射して水の分子運動(自転運動)を加速することによって水を高温化させる。

だとすれば、哺乳類や鳥類は、水分子の自転運動を加速することで、熱を発生させ、恒温化したのではないか?
それはどのような仕組みか?
佐野千遥氏は「熱とは何か?温度とは何か?現代熱力学の誤りを正す」で次のように述べている。
「熱とは元々方向性を持ったエネルギーが細分化しそれぞれ違った方向に向けられ、総体として方向性を失った形態のエネルギーの事であり、実際の物質世界においては電子が振動すると電磁波を発するその仕組みにより、初めの方向性を持ったエネルギーの衝突の衝撃が電子を約3万ギガ・ヘルツの振動数で振動させあらゆる方向の赤外線、つまり総体として方向性を失った赤外線エネルギーへと変換されたものが熱エネルギーである。」
「温度とは秩序レベル(方向性、構造)が高い物は低温であり、秩序レベルが低い物(構造が崩壊し、方向性を失った物)は高温である。よって、構造が崩壊する、またはエネルギーの方向性が失われる、又は方向性を失った形態のエネルギーである熱エネルギーがやって来る、または発生すると温度が上がる。そして方向性を持ったエネルギーが方向性を失った熱エネルギーへと変換される過程はエントロピー増大過程である。」

上記の「方向性を持ったエネルギーの衝突の衝撃が電子を振動させ、方向性を失った赤外線に変換する」。この電子(分子)を振動させるエネルギーの衝突を生命体内でもたらすものは何か? それは恒温動物における酸素ではないか。

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2019年08月06日

【千島学説】哺乳類だけが赤血球に細胞核がない理由

千島喜久男著『血液と健康の知恵』地湧社刊

●千島学説の8大原理

【第1原理】 赤血球があらゆる細胞に分化するとする「赤血球分化説」
赤血球こそ細胞の大本であり、白血球やその他の様々な細胞(タンパク質、つまり肉も含む)は全て赤血球が分化してできる。

【第2原理】 赤血球から分化した各種細胞は、飢餓状態などの非常時には赤血球に逆戻りするとする「赤血球と各種細胞や組織との間の可逆的分化説」

【第3原理】 細胞や組織が死滅するときにバクテリアやウイルスが自然発生するとする「バクテリアやウイルスの自然発生説」

【第4原理】 細胞は細胞構造を持たない有機物から新たに生じるとする「細胞新生説」
あらゆる細胞は同じ細胞が分裂してできる、赤血球は赤血球から、白血球は白血球から、卵細胞は卵細胞から、という説を否定し、細胞は細胞構造をもたないものから作られるとする。そもそも、細胞が細胞からしかできないのであれば、最初の細胞はどのようにしてできたのかを説明できない。細胞分裂というのは、生体から取り出した特殊環境、すなわち生命体から取り出されたほとんど「死」と同義の特殊環境の中で観察される現象であり、生体内で本当に細胞分裂が起きていることを確かめた人間はいないはずである。

【第5原理】 赤血球は骨髄で造られるのではなく、腸の絨毛で造られるとする「腸造血説」
骨髄で血液が作られるとする定説は、特殊環境の中で赤血球から作られた細胞が再び赤血球に戻る過程を観察したに過ぎない。通常は腸の中で食物から血液が作られる。

【第6原理】 遺伝と環境は一体であるとする「遺伝学の盲点」
生物の形や性質は親から受け継がれた遺伝子により決まるとされているが、生物は環境に適応するために変化を重ねながら進化してきたというのが観察から分かる事実である。

【第7原理】 進化の最重要な要因は弱肉強食ではなく共生だとする「進化論の盲点」
方向性のない突然変異がたまたま生存に都合の良い方向に行ったケースの積み重ねで生物が進化してきたとする説は、現在見られる突然変異のほとんどは環境の悪化(化学物質や放射線など)による奇形であり、それが生存に好都合な例など見たことがないことから事実だとは考えられない。

【第8原理】 科学研究の方法論としての心身一如の生命弁証法
ここで「全ての自然現象・生命現象は波動と螺旋運動としてとらえるべきである」という結論に至っている。

●人間や哺乳類の赤血球は腸の食物モネラから生ずることや、その赤血球は無核であるからまだ細胞ではないが、その無核赤血球から有核の白血球を生じ、更に生体の凡ての体細胞や生殖細胞を生じ、病的の場合はガン細胞や炎症の部分の諸種細胞、外傷の治癒組織細胞も赤血球から細胞新生によって生ずる(第一原理赤血球分化説)

この第一原理(赤血球分化説)では、人間や哺乳動物の無核の赤血球(これは今日生物学上の細胞ではない)は有核の凡ての体細胞や生殖細胞を形成する母体である。即ち細胞新生説のよい例である。

●赤血球の細胞質放出による白血球形成
赤血球は(哺乳類の無核赤血球でも鳥類以下の有核赤血球でも)、組織培養をして観察してみると赤血球の一側が凹み、その細胞質を外部に放出し、あたかもヒョータンのようになり、細胞分裂を思わせるような形となり位相差顕微鏡で見ていると72時間ほどの経過で、その中に細胞核が新生するのを見ることができる。
また、骨髄組織を取り出し、塗抹染色標本を造って見ると数個の赤血球が共同してその細胞質を放出して、最後には数個の赤血球の細胞質を出し合って大きな白血球(骨髄細胞)をつくる状態をも観察することもできる。

●有核の赤血球芽細胞から無核の赤血球になるという既成説は考え方が逆である。
既成の骨髄造血説では、大きな細胞核をもった血芽球から小さい赤芽球となり、それが更に小さい無核の赤血球になる(これは人や哺乳類に共通)と考えられている。しかも、このような大きな有核の血芽球、赤芽球から極めて小さい赤血球になる「赤血球の成熟過程」といわれているものほど矛盾した説はない。生体ではそのような無駄をする筈がないし、第一に、赤芽球の大きな細胞核が小さな無核の赤血球へ変る途中で、その細胞核がどのようにして無くなるのかが明確に証明はなされていない。
核脱出説、核溶解説なども云われているがそのいづれも一種の想像説であり、人間の場合一日2,000億個の赤血球造血の根拠として決して実証できるものではない。
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千島学説(第一原理)によると、哺乳類の無核の赤血球から有核の白血球、全ての体細胞や生殖細胞が生まれる。
現代の発生学は受精卵の卵分割、発生初期の細胞分裂像が生涯にわたって続くものと仮定し、それが真実の現象だと信じている。しかし、胎生6ケ月以降、さらに出生後は細胞分裂は全くなしに体細胞は増殖していることは常識になっている。

一方、千島喜久男は、核があるニワトリの赤血球が生殖細胞がつくられることも観察している。
「ソマチッドとホリスティックコンディショニング その2」
千島喜久男は、ニワトリの卵の黄身(卵黄球)が赤血球に変化(分化)し、その赤血球が生殖細胞に変化している様子を観察し、「生殖細胞でない赤血球から生殖細胞が造られている」という現象を発見した。「精子や卵子も赤血球から造られる」ことも見出している。
 ニワトリの胚子の生殖腺(睾丸・卵巣)の組織発生を観察する場合、それまでの研究者は、胚子のウォルフ氏体(中腎)と、その付随の生殖腺を切り離していたが、千島博士はそれを切り離さずに、中腎と生殖腺を一緒にした標本を大量に作って、それらを根気よく観察しつづけた。その観察結果から、中腎と生殖腺のできはじめのものには境目がなく、組織が連続していることがわかり、しかもその周辺には、血管を飛びだした赤血球が無数に散在していて、それが原始生殖細胞や生殖腺の細胞に分化、移行していく姿を、はっきりと確認できたのである。

卵生動物(魚類・両生類・爬虫類・鳥類)も哺乳類も赤血球から細胞がつくられるのは同じ。
しかし、卵生動物の赤血球には核があり、哺乳類の赤血球には核がない。
それはなぜか?
千島喜久男がそのことについて触れた記述は見つからなかったが、おそらく次のような理由だと考えられる。
哺乳類の胎内保育中は、母親の赤血球から胎児の細胞ができるという。

●系統発生的にも個体発生的にも赤血球造血は絨毛のあるところである。
進化論的には下等動物で腔腸や消化器で造血するし、哺乳動物や人では子宮内面へ子宮壁にある血管の開放端から出血し、その血球モネラから胎盤絨毛ができ、その絨毛壁細胞から血球ができている。妊娠中は胎盤の絨毛で、親の赤血球からそれぞれ、卵黄球絨毛や胎盤絨毛の壁細胞を新生し、その絨毛壁細胞が成熟すると、その内部に無核の赤血球が10数個、胞子形成をするような過程で新生し、それが連続して血管となり、臍帯の清脈から胎児の体内に運ばれ胎児の凡ての細胞の母体となる。(胎盤造血)そして出産後は母親の血液補給が断たれるので、初生児は初め母乳、後に食物を採り、その消化産物(食物モネラ)から腸粘膜の絨毛を形成し、絨毛の表面に附着し、細胞新生によって腸絨毛上皮となり、その深部のものから次第に成熟して、その細胞内に胞子形成様過程で十数個の無核赤血球を形成し、それが連続して血管となり腸間膜静脈となって肝臓を経て心臓に至る。(腸造血)腸の絨毛で造血する。

つまり、胎内保育で母親の赤血球から胎児の細胞をつくる上で、赤血球の核は邪魔になるから、哺乳類の赤血球は核がない原核細胞になっているのではないか。

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2019年08月06日

【定説】哺乳類だけが赤血球に細胞核がない理由

●現在の鳥類・魚類・爬虫類・両生類の赤血球にはすべて核があるが、脊椎動物の中で赤血球に核がないのは、哺乳類だけである。その理由として定説では、効率よく酸素運搬するためとされている。

3 億年前、両生類から進化した有羊膜類が哺乳類を含む単弓類と、爬虫類・鳥類を含む双弓類にわかれた。恐竜は双弓類に分類され、 赤血球に核があったとされている。
では哺乳類は、なぜ赤血球の核を捨ててしまったのか。その理由は未解明だが、考えられる理由は次の3点で、それによって組織全体に効率のよい酸素の運搬を行うことができるとされている。
① 核をなくすことで容積が増し、細胞内に酸素と結合するヘモグロビンをより多く含むことができる。
② 赤血球の特徴的な円盤状の形をとることで体積当りの表面積が大きくなり効率的なガス交換が行える。
③ 円盤状になることによって、微細な毛細血管もスムーズに通過できる。
東邦大学医療センター佐倉病院「気軽に読むサイエンスの話題⑤赤血球ヘモグロビンの進化」

生物進化の途上では、赤血球に先行してヘモグロビンが登場する。酸素運搬に必要な分子の登場は細菌にまで溯る。チューブワーム(羽織虫)の巨大ヘモグロビンは体液中に拡散している。チューブワームは熱水噴出孔に棲息しており,多様な細菌とともに硫黄からエネルギー産生を行っている。生物進化の中でヘモグロビンの登場に比べて赤血球が登場するのはかなり遅く、脊椎動物以降の動物である。ヘモグロビンを体液中に拡散させておくのではなく,1個の細胞に入れる,つまり赤血球を分化させたことは,体内への酸素運搬効率を飛躍的に高めたと考えられる。

●中生代における哺乳類と恐竜類の進化

中生代とは2回の大量絶滅、約2.5億年前の大絶滅から約6550万年前の大絶滅までを言う。古生代は高い酸素濃度だったが、中生代の15%以下の低酸素環境下で、哺乳類と恐竜類は同時に進化したと考えられている。一部の恐竜は現代の鳥類と同じように気嚢システムを持っていたと考えられている。また、化石から有核の赤血球と思われる構造物が証明されているが、血液を循環していた赤血球の核の有無は不明である。獣脚類から鳥類が進化したと考えられていることから、恐竜類も有核の赤血球であった可能性が高い。一方、哺乳類は、腹式呼吸をしていたと考えられるが、中生代の哺乳類の赤血球が現代の哺乳類と同じように無核であったかどうか、また、いつ無核になったかは不明である。
「赤芽球の脱核:その仕組みと生物学的意義の考察(日本生化学会 布村 渉)」

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2019年08月06日

覆る人類の起源(2) ホモ・サピエンスはユーラシア大陸で誕生した可能性が高い

1980年代まで、人類の歴史については「多地域進化説」と「アフリカ起源説」の2つの説が対立していた。
「多地域進化説」では、180万年ほど前にユーラシアに拡散したホモ・エレクトス(原人)が各地で進化し、アフリカ、ヨーロッパ、アジアの異なる地域で並行的にサピエンスに進化したとする。それに対して「アフリカ起源説」では、サピエンスの祖先はアフリカで誕生し、その後、ユーラリア大陸に広がっていったとされた。

しかし1980年代後半、遺伝学者が多様な民族のミトコンドリアDNAを解析して母系を辿り、すべてのサンプルがアフリカにいた1人の女性から分岐していることを明らかにした。いわゆる「ミトコンドリア・イブ説」で、約16万年(±4万年)に生存したとされる。この発見によってアフリカ起源説に軍配が上がったのだが、これはサピエンスが10~20万年前のアフリカで誕生したということではない。

その後2010年代に入り、古人類を含めた全ゲノム解析が進み、ネアンデルタール人の系統とサピエンスの系統が分岐したのは約77万~55万年前へと大きく遡ることになる。サピエンスの起源は、従来の説より50万年も古くなったのだ。

ここで、従来の人類学では、人類はアフリカで誕生し、約180万年前にホモ・エレクトス(原人)がユーラシア大陸に進出した後も、ネアンデルタール人の祖先やサピエンスなど、さまざまな人類がアフリカで誕生しては繰り返し「出アフリカ」したことになっている。

★だがなぜ、新しい人類はアフリカでしか生まれないのか? 
ユーラシア大陸にも180万年前から多くの人類が暮らしていたのだから、そこで進化したと考えることもできるのではないか。

人類学者のデヴィット・ライクは古代人のDNA解析にもとづいて、ユーラシアに進出したホモ・エレクトスから超旧人類が分岐し、さらにサピエンス、ネアンデルタール人、デニソワ人と分岐していったのではないかと考える。デニソワ人は東ユーラシアから南ユーラシアに広がり、ネアンデルタール人はヨーロッパを中心に西ユーラシアに分布した。

★だとしたら、サピエンスはどこにいたのか?
ライクの説によると、サピエンスは脆弱な人類で、ネアンデルタール人に圧迫されて中東の一部に押し込められていた。その後、ネアンデルタール人がさらに中東まで進出したことで、約30万年前には北アフリカや東アフリカまで撤退せざるを得なくなった。これが、モロッコでサピエンスの痕跡が発見された理由だ。

ところが5万年ほど前に、そのサピエンスが「出アフリカ」を敢行し、こんどはネアンデルタール人やデニソワ人などを「絶滅」させながらユーラシアじゅうに広がっていく。このときネアンデルタール人は中東におり、サピエンスと交雑した。このように考えると、アフリカ系にネアンデルタール人のDNAがなく、東アジア系がヨーロッパ系と同程度にネアンデルタール人と交雑していることが説明できる。ネアンデルタール人の遺跡がヨーロッパで多数見つかるのは、サピエンスと遭遇したのち、彼らがユーラシア大陸の西の端に追い詰められていったからだろう。

中東でネアンデルタール人と交雑したサピエンスの一部は東に向かい、北ユーラシアでデニソワ人と、南ユーラシアでアウストラロ・デニソワ人と遭遇して交雑した。その後、彼らはベーリング海峡を渡ってアメリカ大陸へ、海を越えてオーストラリア大陸へ、そして千島列島から北海道、本州へと渡り縄文人の先祖になった。

【参考】橘玲・著『もっと言ってはいけない』

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2019年08月01日

明治維新政府による試験制度=エリート教育が日本の国家を衰退させた原点

★日本の官僚制度は明治以降にどのように導入されたのか?  で官僚制度までの成り立ちを見てきましたが、もう少し詳しく見ていきます。
最初は、各藩の優等生が推薦により高等教育機関の難関校に入学しましたが、明治維新政府は科挙試験のようなペーパー試験を採用しいきます。
この試験制度を導入したエリート教育が日本の国家を衰退させる原点となりました。
リンク より

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最初は各藩にあった藩校の優等生が推薦されて日本の高等教育機関の難関校に入学しましたが、この入学は文字通りの推薦入学で、藩校の教師や周囲から秀才と認められたものが選ばれました。従って最初はペーパー入学試験はありませんでした。旧制中学の第一回卒業生が出始まったころから、入学試験が始まりましたが、小学から中学を終えるまで、難関校は入学者がいなかったわけではありません。すでに学齢に達していた子供や青年は推薦でそれぞれの学校に入学しましたから、入学試験が始まるまで5,6年の年月が必要でした。
この期間、中国の科挙のような試験はなかったのです。週刊新潮にコラムを連載している帝京大の高山教授によると、遣唐使の時代から日本の政府は中国の政治制度や文化を取り入れましたが、採用しなかったものに科挙試験、宦官そして纏足の3つを挙げています。内閣や大臣、昔の関白、相国などの官名も中国の文献に由来します。しかし科挙はそれ以後の歴代政権でも採用しなかったので、科挙官僚による亡国の歴史を見ずに済んだと述べています。ところが明治維新政府は高等教育学校に科挙試験のようなペーパー試験を採用してしまいました。
さて、明治維新に生きた日本の英傑を、現在の偏差値入試に当てはめて、どの程度のものかを推定するのも意義があると思います。(中略)結論からいうと、明治維新を起こした日本人で東大に合格したものは恐らく一人もいなかったと推定されます。なぜなら彼らは我利我利ではなく、この国家の近代化に興味があり、立身出世のために一日中机に向かうことなど考えられなかった人間達だったからです。

日本の政治腐敗や国家としての後進性は実はこの日本のエリート教育にあったと私は考えています。つまり日本の政治の腐敗の原点は創立順に陸軍士官学校、海軍兵学校そして東大なのです。いずれも当時、超難関という教育機関の名門中の名門でした。
明治維新から日露戦争までに至る日本の近代化は、藩閥政治という腐敗を抱えながらも近代教育を受けない世代に担われてきました。
日本の高等教育は藩閥政治や士農工商という旧弊を克服するために意味があったかもしれませんが、継ぐべき財産を持たないけれども学業に覚えのある旧士族や有力農家の次男、三男が立身出世を目指してこの難関に挑戦したのです。
そしてこの教育機関は入学試験や学業成績を重視し、点数の高低により人間の頭の良し悪しの順位を決めることに使われました。 日本の知性はこの時から入学試験の点数で決定づけられるようになり、それが人物評価の絶対的尺度となったのです。 日本の国家が腐敗する原点はここにありました。
頭の良い人間が決めたことに一般の国民は文句が言えなくなりました。 そしてこれらの高等教育機関とその生徒達は、国家を、そして国民を睥睨し、自らの立身出生にのみ強い関心を抱くようになったのです。
山本権兵衛首相は成人後に教育を受けた受験世代ではない首相でしたが、極めて優れた政治家でした。 しかし山本内閣は、中堅幹部になりつつあった陸士、海兵出身の軍事官僚の汚職によって崩壊したのです。 日露戦争以後、軍事官僚に東大出身の官僚が加わりますが、日中戦争の遠因となる近代外交史上でも恥ずべき、「21か条の要求」は東大首席の加藤高明外務大臣(後に東大出身の最初の首相)が世界第一次大戦のドサクサに紛れて中国に突きつけたものでした。
彼は三菱財閥の娘婿でもあり、国家と財閥企業との癒着と、それを取り持つ高級官僚の腐敗を象徴する人物だと思います。このように、日本の構造的な汚職政治は近代日本の高等教育機関が育んだ天下の秀才達により始められたのです。

 

日露戦争後は世界の5大国として、陸奥宗光や小村寿太郎が江戸時代に締結された西欧諸国との不平等条約の解消に努力した成果と相俟って、日本の内政・外交は近代教育を受けた文官官僚により取り仕切られていました。軍事は勿論、天下の難関、陸士、海兵組が進出していました。しかし、20世紀に入り、世界が大きく変化する時代にあって、日本の国家運営は独善的な政策の連発により、国際的に孤立してゆく道でもありました。
その一つはロシア革命後に列強がロシアに干渉した時にも、地理的理由から日本のシベリア出兵は日米共同歩調という原敬内閣の計画に反し、すでに形成されていた陸軍参謀本部は勝手に、そして世界の情勢分析も何の将来展望もなく、アメリカの撤兵後も居座り続け、国際的な非難を一身に浴びることになったのです。義和団事件までは整然としていた日本の軍隊も、無学な山県有朋より酷い、陸士出身の司令官に指揮されるようになり、政治も東大卒官僚によって運営される時代に入っていました。

 

加藤内閣の後継でもある浜口雄幸内閣で大蔵大臣を務めた井上準之助も東大卒ですが、この内閣が強引に推し進めた金本位制の解禁では内外で論争がありました。井上も加藤に劣らず傲岸不遜な人間で、石橋湛山などの平価切下げ金解禁論を一蹴しました。早稲田や一橋出身者の意見には耳を貸さない傲慢さで、満州事変へつながる国家経済破綻のデフレを引き起こす大失策を犯した人物でした。浜口自身は日本経済の政商・財閥もたれあい体質を改善する意味があると信じ、「玉砕するとも男子の本懐」という名台詞で有名ですが、この政策は金貸し財閥の三井銀行などが円買いドル売りで大儲けしただけで、アメリカの大恐慌の煽りを喰らって日本の外貨準備は底をつき、昭和の大恐慌を招いたのです。
東大卒の官僚が政治の世界に進出してその実像を現した所見は、雑多な出身者が多い政界や官界或いは実業界の中で、傲岸不遜や慇懃無礼が飛びぬけて顕著であったことです。若槻礼次郎は線が細いと言われた人物でも慇懃無礼な人物でした。「ああ玉杯に花うけて」の天下の秀才達は、欧米に向かっては劣等感を、内にあっては「人民ばかりでなく、元勲や貴族までをも見下す」集団でもありました。

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2019年07月30日

覆る人類の起源(1) ~現生人類(ホモサピエンス)とネアンデルタール人、デニソワ人は同種~

進化の歴史のなかでは、ホモ・サピエンス(現生人類)にはさまざまな祖先や同類がいた。ラミダス猿人やホモ・ハビルス、北京原人やネアンデルタール人などの化石人類を含めた人類(ホモ族)は、700万~600万年前にアフリカのどこかでチンパンジーとの共通祖先から分かれた。

近年、遺跡などから発掘された遺骨からDNAを解析する技術が急速に進歩し、歴史時代はもちろん、サピエンスが他の人類と分岐する以前の古代人の骨の欠片からDNAを読み取ることもできるようになった。この「古代DNA革命」によって、従来の遺跡調査からはわからなかった人類の移動や交雑の様子が明らかになり、古代史・歴史の常識が次々と覆されている。

【1】遺伝学的には、サピエンスは「アフリカ系統」と「ユーラシア系統」の大きく2つの系統に分かれる。
ユーラシア系統は5万年ほど前にアフリカを出て世界じゅうに広がっていき、アフリカ系統はそのまま元の大陸に残った。この2つの系統は、ネアンデルタール人のDNAを保有しているかどうかで明確に分かれる。ネアンデルタール人はユーラシアにしかいなかったため、アフリカにいるサピエンスとは交雑せず、そのためアフリカ系統の現代人にネアンデルタール人のDNAの痕跡はない。

従来の説では、ネアンデルタール人の遺跡がヨーロッパで多く発見されたため、出アフリカ後に北に向かったサピエンスが交雑したとされていた。だが現代人のDNAを解析すると、非アフリカ系(ユーラシア系)はゲノムの1.5~2.1%ほどがネアンデルタール人に由来するが、東アジア系(私たち)の割合はヨーロッパ系より若干高いことが明らかになったのだ。

【2】その後も、単純な「出アフリカ説」では説明の難しい人類学上の重要な発見が相次いだ。
2008年、ロシア・アルタイ地方のデ二ソワ地方の洞窟で、約4万1000年前に住んでいたとされるヒト族の骨の断片が見つかった。サピエンスともネアンデルタール人とも異なるこの人類は「デニソワ人」と名づけられたが、DNA解析でニューギニアやメラネシアでデニソワ人との交雑が行なわれたいたことがわかった。――ライクは、これをシベリア(北方)のデニソワ人とは別系統としてアウストラロ(南方)デニソワ人と呼んでいる。

【3】さらに、アフリカ系と非アフリカ系のDNAを比較すると、ネアンデルタール人、デニソワ人とは別系統のDNAをもつ集団がいたと考えないと整合性がとれないこともわかった。
人類学者のデヴィット・ライクはこの幻の古代人を「超旧人類」と名づけ、サピエンス、ネアンデルタール人、デ二ソワ人の共通祖先(約77万~55万年前)よりもさらに古い140万~90万年前に分岐したと推定した。超旧人類はデニソワ人と交雑し、その後、絶滅したと考えられる。

∴約5万年前にサピエンスが「出アフリカ」を遂げたとき、ユーラシアにはすくなくともネアンデルタール人とデニソワ人(アウストラロ・デニソワ人)という人類がおり、サピエンスは彼らと各地で遭遇した。交雑というのは性交によって子どもをつくることで、動物の交配(品種改良)を見ればわかるように、きわめて近い血統でなければこうしたことは起こらない。
分類学では、子をつくらなくなった時点で別の「種」になったとみなす。ということは、サピエンス、ネアンデルタール人、デニソワ人は(あるいは超旧人類も)「同種」ということだ。
【参考】橘玲・著『もっと言ってはいけない』

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2019年07月28日

殖産分化の始まり~ゾウリムシの生殖核(小核)・代謝核(大核)の分化

原核生物はひとつの細胞で全ての機能を担う、単一の万能細胞である。
真核単細胞から生殖細胞と体細胞への分化の萌芽が見られる。

例えば、真核単細胞生物のゾウリムシは、小核と大核の二つの細胞核を持っている。
大核は通常の細胞分裂に関わるタンパク質合成を行っている。小核は細胞分裂時にはほとんど働いていない。大核は、接合または自家生殖時には一旦消滅し、減数分裂→受精によって生じた新生小核から分裂生成される。
つまり、大核は体細胞の起源(代謝核)であり、小核は生殖細胞の起源(生殖核)である。

大核(代謝核)・・・代謝に必要な情報を持ち、通常はこの核の情報により細胞は活動する。

小核(生殖核)・・・全ての遺伝情報をもち、細胞が生殖を行う時に遺伝情報を次の世代に受け渡す。

また、ゾウリムシの生殖方法も特徴的で、未熟な段階での細胞分裂による増殖以外に、成熟すると他のゾウリムシと接合することによって、有性生殖をするようになる。ゾウリムシの場合、ひとつの細胞の中に大きさと機能が異なる二つの細胞核が備わっていて、小さい方の小核は、有性生殖を行う時のみ働く細胞核なので、生殖核とも言われている。

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ゾウリムシでは、2核のうち1核を交換して合体し二倍体になっている(上図)。
その後、2核のうち1核が交換専用の小さくて運動性が高い核となり、もう1核が交換しない大きくて安定性が高い核となった。これが運動能力と変異能力が高いが極めて小さい精子と、栄養を貯め安定度は高いが運動能力はない卵子への分化の始まりだと考えられる。これが精卵分化である。

■分裂の限界と接合による再生

単純な細胞分裂だけでは、700回(種によって約150回~約700回の幅がある)が限界で死んでしまう。他の個体と接合し、減数分裂を行って小核を融合することで再生し、再び700回の分裂ができる。

■未熟期と老衰期
接合により生まれ変わった個体は、すぐには次の接合ができない未熟体である。約50回の分裂を行うことで性的に成熟し、接合が可能になる。また逆に、600回以上の細胞分裂を行った個体は、接合能力を失ってしまい、残り約100回の細胞分裂を経て死を待つ老衰体となる。

■小核と大核
先に述べたように、ゾウリムシは、小核と大核の二つの細胞核を持っている。小核が二倍体なのに対し、大核は数百倍体のゲノムを持ち、通常の細胞分裂に関わるタンパク質合成を行っている。小核は細胞分裂時にはほとんど働いていない。
通常分裂時(栄養期)には、細胞は2分裂によって増殖する。
このとき、大核も小核もともに分裂する。
大核は、接合または自家生殖時には一旦消滅し、減数分裂→受精によって生じた新生小核から分裂生成される。

■細胞分裂の回数は大核DNAが規定している
分裂回数の少ない若い個体の大核を、分裂回数の多い(老化した)個体に移植すると、老化個体の分裂回数は若い個体の残存分裂回数分だけ回復する。逆に、老化個体の大核を若い個体に移植すると、その個体は老化個体の残存分裂回数分だけしか分裂ができなくなる。同じように老若個体の小核を交換移植しても、このような現象は起こらない。
こうしてみると、ゾウリムシの小核は明らかに『生殖細胞の起源』であり、大核『体細胞の起源』であることが分かります。

無性生殖では、環境外圧により一度DNAに傷がつき変異がおこると、それがそのまま分裂します。その変異が環境に適応していれば問題ありませんが、適応していない場合、種全体が死滅する可能性が高くなる。そこで、ゾウリムシの場合、この状況を克服するために生殖を行う小核(のちの生殖細胞)と、タンパク質を合成し細胞を大きくする大核(のちの体細胞)に役割を分化させた。

ゾウリムシが接合し、小核は減数分裂によりお互いの遺伝子群を組み合わせて、変異を取り除くことが可能です。しかし、もともとの大核が存在していれば、その核が持つ変異した情報により、外圧に適応できないタンパク質の合成を繰り返します。そこでゾウリムシは、接合と同時に、もとの大核を消滅させる仕組みを獲得した。

大核を消滅させ、新しくできた小核により新しい大核を作る。
しかし、この過程はもともとのゾウリムシの細胞内で行われるため、新しい小核と大核の周りは、古いタンパク質で作られた細胞質で覆われている。

その環境の中で、新しい大核は、古いタンパク質とは多少違う新しいタンパク質を合成し細胞内を塗り替えていきます。新しいタンパク質を合成し一定の大きさになると分裂する。そして、次の接合が可能となるまで約60回の分裂を繰り返します。これを性成熟するまでの分裂と呼ぶ。この性成熟するまでの分裂とは、細胞内を全て全く新しいタンパク質に塗り替える過程ではないかと考えられている。 

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