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2007年01月31日

一妻多夫の目的とは?

チベットの婚姻形態として、世界でも珍しい一妻多夫になった理由を考えてみました。
もともと子孫=子を多く残したいのなら、子を産む女性の数が多いほうがよいという考えもありうる。が、はたしてそうなのでしょうか。

以下は「ヒルカワの断片的論考集:「人類学講義」チベット社会の婚姻体系を参照させてもらいました。
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2007年01月30日

チベットでは夜這いも・・・

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一妻多夫婚って興味が惹かれますね~

チベットの一妻多夫婚 ―父系制の特殊形態― (1月7日)by岡
チベットの子供の性教育と縁談のまとまり方  (1月14日)by岡
の投稿に加え
チベットの一妻多夫制について以下サイトが分かりやすかったので紹介します。
(一部ポイントを抜粋で紹介しますので詳しくは以下のサイトの訪れてみてください)
旅チャイナ 中国旅行専門サイト

●一妻多夫は自然な制度
チベットで言う一妻多夫というのは、何人かの兄弟が一人の妻を共有することをいう。かつては、特別なことではなくごく当たり前の婚姻の形であった。なぜ、こういう風習になったかというと、戸数を増やさぬため、言葉を換えれば、分家を避けるためであるという。

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2007年01月28日

アンダマン諸島人は頻繁に泣く

狩猟採集民アンダマン諸島人 の続き。
原始社会は共同体社会ですが、それを支える日常行事や儀式として『踊り』があることはよく知られていますね。しかし『泣く』という行為も頻繁に行われていることは、あまり知られていないように思います。
アンダマン諸島人は、結婚式や死亡・埋葬に関する儀式においても、親しい友人や親戚が久しぶりに会ってもおいおいと泣きます。彼らは感情を表す(=心を開いて親愛の情を表す)ために、頻繁に涙を流すのである。

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2007年01月27日

一夫一婦制って現在でも少数派だった!

 ランダムに選択した約100の民族の婚姻制度をまとめたという興味深いデータを見つけました。
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(Frayser, 1986より作図)
明治大学情報コミュニケーション学部の蛭川 立助教授 のページより

多くの社会が一夫多妻婚を許容しており、正式な制度としての一夫多妻制を持たない社会でも、男性が妻以外の女性と性関係を持つことを許容する社会も含めると、厳密な一夫一妻制の社会は非常に少ない。ただし、一夫多妻制が許容されている社会でも、複数の妻を持つことができるのは一部の男性に限られることが多い。

 地域別の内訳などが分からないのが残念ですが、昔はともかく、現在は一夫一婦制が多数派だと思っていたのですが、実は少数派だったのですね。ちょっと驚きです。
このデータを見て、 意外だったと言う方はクリックをお願いします。
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ところで、日本が入るとしたら、一番下の分類の「婚外性関係不可」なんでしょうか? by Tama

2007年01月25日

狩猟採集民アンダマン諸島人の子供の家族間移籍

バンドは、人間社会のうちで最も単純な種類の社会統合の形式であり、いくつかの家族集団が集まってできた、成員数がせいぜい50~70人程度の小さな自立した地域集団である。旧石器時代以来の社会形式とされ、狩猟採集民の間に根強く残っている。
このような非常に原始的な形態を持つアンダマン諸島人を、婚姻・育児(特に子供の移籍という面白い習慣)を中心に紹介したいと思います。(エルマン・R・サーヴィス著『民族の世界』原書1958年より)

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2007年01月24日

『氏姓制度』に見る【姓;母系】⇒【氏;父系】への転換

『姓』という字は[女へん]なので、母系集団発の制度ではないか?と思って調べてみたら、案の定標題通りであることが判明しました。

日本史ではヤマト王権成立期(5~6世紀)に、支配階級が‘臣(おみ)’‘連(むらじ)’などの『姓(かばね)』と‘蘇我(そが)’‘物部(もののべ)’などの『氏(うじ)』を名乗り出しています。
しかし、この時点では既に、姓も氏も概ね父系継承のようで、母系時代の痕跡はあまり残っていません。

そこで、輸入元と思われる中国の『姓氏制度』を調べてみたところ、「中国的こころ」というサイトで以下の記事を見つけたので紹介します。

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2007年01月23日

『母系社会』の中の男達

 このブログでは母系社会を営む人々としてすっかり有名になった感のある「モソ族」ですが、母系集団の中の男達は自分達の立場をどう考えているのでしょうか。父系社会に馴染んだ我々の感覚からすると少々肩身の狭い思いをしているのでは?と考えがちですが、彼らの話を聞くと決してそんなことは無いようです。
↑モソ族のおじさん


中国雲南省納西(ナシ)族、摩梭(モソ)の母系社会を訪ねてによると…。

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2007年01月22日

モソ人(族)の婚姻形態について

以前にこのブログでも紹介されていますが、中国雲南省の女儿国、と呼ばれる人口約1万人のモソ人(族)の婚姻形態である「走婚」について、紹介したいと思います。中国雲南省納西(ナシ)族、摩梭(モソ)の母系社会を訪ねてより
インタビューをもとに、実際に「走婚」をしている人たちの実感が書かれており、モソ族の母系社会の一端を見ることができます。

1、走婚はどのように行われるのか。 Aさんは、友人の紹介で知り合った男性と何回か会っているうち、性格が合っているとわかって、22歳のとき、走婚を始めた。はじめは、阿都がこっそり自分の部屋に通ってきて、家族には秘密にしていた。妊娠5か月ぐらいになったとき、感づいた母に聞かれて話した。自分からは言おうと思わなかったが、聞かれたので、詳しく話した。母にすっかり話して以来、阿都は母屋に来るようになった。最初に母屋に来たとき、お土産をたくさん持ってきて、先祖を祭る祭壇(写真3)に供えた。こちらもご馳走してもてなした。

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2007年01月18日

婚姻の歴史(概要)

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婚姻の歴史について扱っているサイトって“るいネット”以外なかなかないのですが、ちょっとその辺りに触れているサイトを見つけましたので紹介しますね!一夫一妻制へに移行した原因など端的に書かれています。

これです↓ 是非のぞいてみてね!
CARE International Japan

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2007年01月17日

イスラム教を信仰しながら母系性を保つミナンカバウ族とは

今日は世界最大の母系性部族のミナンカバウ族について少々別の視点からの紹介をしたいと思います。
ミナンカバウ族はインドネシアのスマトラ島のほぼ中央に位置するブキ・ティンギという、標高約900mの高原の町に住んでいます。
14世紀以降のイスラム勢力によるこの地への進出、19世紀にはオランダの統治下におかれるなど、ヨーロッパ諸国の侵略を次々と受けながら、現在多くはムスリムでありながら今も母系性を維持しているというところに驚きを感じますね。 Shocked

そこで、「ミナンカバウ」という名前の由来について見て調べてみました。
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2007年01月16日

インドネシア、ミナンカバウ族の社会

インドネシアの西スマトラ山岳部のミナン地方という所に、現在でも母系社会を継続させているミナンカバウという部族があります。19世紀にイギリス人によって発見された時点では完全な母系社会を維持していたそうです。

インドネシアの大学に留学し、実際にミナンカバウ族一緒に生活をした方が、彼らの生活や婚姻様式について綴った興味深いサイトがありますので、紹介したいと思います。
谷口愛さんの「インドネシア留学記~ミナンバカウ族と暮らして~ 」より・・・
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(ミナンバカウ族の姉妹合同の結婚式の模様)

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2007年01月15日

セム系部族社会(2) 栽培の開始と香辛料

西アジアでは、1万年前には栽培が行われていた。人口増に対応して、採取だけでは食料が賄えなくなったのだろう。

yufurates.jpgコムギなどの穀物やマメ類の栽培(農業)は、限定された植物の収穫量を増やす一方で、食べる植物の種類を減らしてきたようにも思える。

採取される多種多様な小粒マメ類を採取していた時代から、栽培に適したソラマメ、エンドウマメ、レンズマメ、ヒヨコマメなどに集中するからだ。

(by石野)

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2007年01月14日

チベットの子供の性教育と縁談のまとまり方

007.jpgチベットの一妻多夫婚―父系制の特殊形態― の続き。
彼らの生活と縁談について紹介したいと思います(川喜田二郎著『ネパール王国探検記』1957年より)。
7000メートルを超える雪山の間を刻んで流れる川の流域にあるチベット人村、カルチェ村に1ヶ月半住み込んでの調査記録です。
(写真はカルチェ村から見えるガネッシュ・ヒマール)

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2007年01月13日

タイ族の「ピー信仰」

タイは仏教国ですが、タイ族は仏教に加え古来のピー信仰も残しています。

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ピー信仰とは(Wikipediaより)

ピー信仰とは特にタイ族によるアニミズム(精霊信仰)を指して用いられる言葉である。ピー タイ語において「精霊、妖怪、お化け」の類を説明するために用いられる言葉である。バラモン教、仏教伝来などの外来の宗教伝来以前に顕著に見られたタイ族全般に見られる信仰の形態であり、現在でもそれらの宗教の影響を受けながら、信仰する傾向がタイ族に見られる。

阪市立大学岩田慶治の「タイにおけるピー信仰」によると、ピー信仰の展開の過程は3つの段階に分けられます。

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2007年01月11日

モンゴル遊牧民は母系を強く残した両系!?

昨日に引き続き「東洋の父系観念強化」について調べていたところ、モンゴルでも国家成立以前は、『遊牧ながらも母系の色彩が強かった』ことが読み取れる書きかけ記事がWikipediaにありました。以下抜粋

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2007年01月10日

「父系か?母系か?」国際結婚~子供の国籍から

るいネットに『東洋のほうが父系観念が強い』という投稿がありましたが、東洋諸国の相続習慣や姓/氏継承などの実態は、あながち父系一色というわけでもなく、父母両系が多いようです。『東洋の父系観念』参照

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2007年01月09日

縄文と弥生~その影響について~

1万年以上にわたって続いてきた縄文文化は、紀元前1000年ごろから数百年間にわたって訪れた渡来人の影響によって徐々に変化していくことになります。

全く争いごとのあとが見られなかった縄文歴史に対して、弥生時代は戦闘の痕跡がみられることから日本にも戦争がもたらされた歴史と理解されていたりします。そのため、縄文人は弥生人によって蹂躙され滅ぼされた、なんて説もあったほど。

しかし、渡来人(弥生人)と先住の縄文人はおおらかに融合していったという説が現在は有力です。
確かに、縄文気質と呼ばれるものは私たちに深く根付いているわけですから、渡来人によって縄文人が根絶やしにされたなんてことはありえませんよね。

そのあたり、どんなふうに融合していったのかを、中村忠之氏のサイト「森と人の地球史」 第9章「弥生人の渡来 ・・・ ハイブリッド文化の誕生」を参考に、母系・父系の婚姻制度とからめて考えてみたいと思います。

じゃ、本題の前にクリッククリック
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2007年01月07日

チベットの一妻多夫婚 ―父系制の特殊形態―

チベット社会には多様な婚姻制が存在しているが(ナシ族やモソ人も大きくはチベット高原の諸部族)、ネパール山岳地帯に住むチベット族(日本ではシェルパ族が有名)の中には、世界的にも珍しい一妻多夫婚の種族が存在します。
(参考:川喜田二郎著『ネパール王国探検記』1957年)

チベット族は農耕・牧畜民で、チベットさらに中国とヒマラヤ以南を結ぶ商業民族でもある。
モンゴル遊牧民が父系一夫多妻婚であるのに対して、何故半農半牧の定住民チベット族は父系の一妻多夫婚になったのだろうか?

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2007年01月04日

妻問婚「ナシ族」の漢化への反発

新年が明けて、気が付けばもう4日です。
今年も皆さんと一緒に婚姻の歴史を追っていきたいと思います。宜しくどうぞ。


さて、今日は表題の様に「ナシ族Vol.2」です。
ナシ族の婚姻の形態は、前の記事にも有るように「妻問婚」であり互いを「アチェ(=友人)」として、性に対する拘束性はなかった(=オープンである)事が分かりました。
http://www.jinruisi.net/blog/2007/01/000084.html

また、ナシ族の支系と考えられているモソ人もその婚姻形態は「妻問婚」であり、すでに「「摩梭人走婚」(モソ人の妻問い婚) 1」で紹介されています。 Smile


しかし、その婚姻様式も強制的な漢化の圧力が高くなるに従って、その様相の変化や若者の戸惑いが表面化していく事に・・・。
それは以外にも「自殺」という選択をしている事に私は驚いてしまいました。

※【漢化政策】・・・、孝文帝が推し進めた政策であり、故服、故語、故姓の禁止や、鮮卑族の風俗・習慣・官制・儀礼を全て禁止し、中国風に改める。 m061 m061 m061


宜しくどうぞ。 m118 m118 m118
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2007年01月03日

中国のナシ族はアチェ婚(妻問婚)を最近まで維持していた。

中国の雲南省寧県永寧地区のナシ族は、母系制家族を形成していた。母親の兄弟姉妹が家族として一緒に暮らし(経済活動)、資産は娘が引き継ぐ。子孫を残す為の婚姻は、「アチェ」と言う「友達」と言う意味の男を迎えて性だけの関係を持ち男は帰って自分の家で経済活動をする。

男と女が経済活動をしていると言う事は、性だけの男女関係である。 Shocked

「中国文化論演習」 平石純子さんの論文『中国少数民族における漢化を考える~雲南省・ナシ族を例に~』に詳しい。

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2007年01月02日

神を謡うは、同化→読み解き→真似ること

守護神信仰(自然神→人格神)の事例として、アイヌの神謡(ユーカラ)を紹介します。知里真志保氏によるユーカラの分類は次の4つ。歴史的にも①→②→③へと変化していきます。

ユーカラ―┬―神々のユーカラ―┬―①自然神謡 …自然神
       │            └―②人文神謡 …自然神と人格神の中間
       └―人間のユーカラ―┬―③英雄詞曲 …人格神
                     └―④婦女詞曲

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2007年01月01日

謹賀新年 

本ブログもココに引越してきて 2年目に突入 m049
今年はもっともっと、お題の巾と参加者を広げて行きたいですね tikara

と、新年の挨拶はしてみたものの、「今日から新年なのはなんでやねん!?」
ということで、についてチョチョイと調べてみました。

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