2007年08月14日
東洋と西洋~事実認識の違い~医学の事例~
2007年07月04日のsinkawa さんの記事で、東洋人と西洋人の視覚上の違いに関する内容が投稿されています。
それを読んで、似たような傾向が見られる東洋と西洋の違いを思い出しました
。それは、私たちの身体と疾病を解明する「医学」。東洋医学と西洋医学は、驚くほど正反対のものの見方をします。
まず、西洋医学と東洋医学の違いを端的に比較対照した表を紹介します。
「西洋医学と東洋医学の違い」
これを見てもらえば、正反対のものの見方をする、と述べた意味がわかっていただけますよね。
現在の西洋医学は、「局部的」というものの見方においては極まりつつあります。
つまり、病気の原因である細菌やウイルスの研究、そして私たちの身体の設計図:遺伝子の研究などがそれです。もはや、電子顕微鏡を使わないと実体が見えない領域が最先端の研究対象。ものすごく「局部的」ですよね。
そして、病気の原因や薬の作用などについて、それらの「局部的」な研究に基づいた科学的根拠によって「論理的」に証明することを求めます。
一方、東洋医学は、局部的に対して「全体的」。
人体を全体的にとらえ、病気を全体のバランスのゆがみによって現れるものだと考えます。そしてゆがんだバランスを正常に戻すことによって病は消えると考えます。
それらを裏付けるのが臨床的経験。数千年の歴史に裏付けられた「経験的」医学です。
この違いは、
>西洋人は最も目立つ対象に視覚上意識が集中しているようで、
>周辺情報や対象の置かれた環境などにはあまり注意を払わない傾向が高く、
>東洋人はその対象だけでなく、
>周辺の状況や周りとの関係を重視していることが分かります。
(「東洋人と西洋人 視覚上の違い」2007年07月04日)
とsinkawa さんが仰っていることと、不思議と符合しますよね。とても面白い共通点だと思います。
・・・・・・
視覚、つまり私たちの目に映ることは紛れもない事実です。否定しようがない。しかし、事実のどこを見ているかは西洋人と東洋人によって潜在的に全く異なる。
医学という事実の体系も同様です。
西洋医学が信仰する科学的事実。これは紛れもない事実です。そしてそれによって実績を積み重ねてきました。
東洋医学の臨床的経験も、過去の疾病事例と傾向などを積み重ねたもの。これも紛れもない事実です。そして、実績を積み重ねてきました。
東洋と西洋の事実の見方、その違い。
「根本には、視覚的な見方の違いがある」とまでいうとちょっと乱暴な気がします。
が、あながち否定も出来ない。私たちが最初に事実として認識するのは、五感を通じた外界との接触なわけですからね。
いかがでしょうか。
- by hayabusa
- at 20:28



comments
●視覚上のちがいは、
『最も目立つ対象に視覚上意識が集中』する西洋人と、
『周辺の状況や周りとの関係を重視』する東洋人。
●医療では、人体を
『局部的』に扱う西洋医学と、
『全体的』に扱う東洋医学。
●『個人主義』の狩猟民族と、『集団主義』の農耕民族
とも、対比が妙に一致しますね。
コメントありがとうございます。
>●『個人主義』の狩猟民族と、『集団主義』の農耕民族
とも、対比が妙に一致しますね。
確かに、この点も見逃せませんね。やっぱり正反対です。
西洋と東洋。
対比して考えると「どちらが優れているか」というところに話がいってしまいがちです。でも、大事なのはそういうことではなく、「なんでそうなったのか」ということですよね。
そこには、「こうなるしかなかった」という必然性が隠れているのだと思います。
偶然ではなく必然。その結果が全く対照的で正反対のものの見方につながる。とても面白い追求テーマだと思っています。
>対比して考えると「どちらが優れているか」というところに話がいってしまいがちです。でも、大事なのはそういうことではなく、「なんでそうなったのか」ということですよね。
確かにそう思います。
比較検証していくと優劣の話になってしまいがちです。
追求の目的が何であるかが重要だと思いました。
>「根本には、視覚的な見方の違いがある」とまでいうとちょっと乱暴な気がします。が、あながち否定も出来ない。私たちが最初に事実として認識するのは、五感を通じた外界との接触なわけですからね。<
視覚etc.の外識機能の使い方にまで違いがある。これは相当に深い(根本的な)違いなのだなと改めて感じます。
どう捉えるか(外識機能)は、どう考えるか(観念機能)に密接に関連していると思われます。
ますます「では、なんでそうなったのか?」が気になります。
追求していきたいテーマですね。