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2008年05月18日

「死と再生」~共同体社会の死生観

naotoさんの『わたしの死』に引き続き、日本人の死生観を考えてみます。

西洋のキリスト教文化圏では、死は個人が生きた歴史の消滅として捉えられ、その人が生きた証しを保障するのは唯一全知全能の神として考えられているようです。

一方日本では、少なくとも江戸時代から第二次世界大戦まで「個人が死んでもその人が生きている間に残した足跡が次の世代に受け継がれていけば、その個人がこの世に生きた証しとなる」と考えられたようです。

現在において『わたしの死』が不安とともに意識される背景には、かつての村落共同体や「家」の解体が背景にあるのは確かだと思われます。

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2008年03月01日

村の寄り合いとはどういうものだったのか?

日本古来の村落共同体において「寄り合い」は村社会の共認形成の場として重要な位置をしめていました。ではその「寄り合い」とは具体的にどのようにおこなわれていたのでしょうか?私自身なんとなくのイメージでしか理解していませんでした。

宮本常一著 「忘れられた日本人」にその様子が生々しく描写されているので紹介したいと思います。以下紹介するのは昭和25年頃の対馬での様子ですが、筆者は少なくとも京都、大阪から西の村々ではこのような村寄り合いが古くから行なわれていたと記しています。

以下長文なりますが、リアルな様子が伝わってきますので、是非ご一読下さい。


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2007年10月31日

先祖供養と日本人の死生観

先祖供養って何?
田舎に帰れば「お彼岸」「お盆」「葬式」「年忌」etc、様々な供養があります。
今まで起源や意味についてあまり考えたことがありませんでしたが、この供養の形態は日本人特有の儀式であり精神世界だった。
その事は、前のsaahさん投稿の共同体と葬式でも分かりますね。

しかし、市場社会が進行する中で村落共同体が徐々に解体され、その供養自体に意味が失われ簡略化される様にもなりました。
そもそも「先祖供養」とはどういうものだったのでしょうか?

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m116 m116 先祖供養は地域によっても様々です。

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2007年10月23日

人類はどのようにして共同体を作るようになったのだろう?

「共同体って何?」を、読んで、人類の共同体・共同性というのが、とても重要な要因だということを実感しました。 Very Happy

共認機能(=相手の期待に応えて相手の反応を得ること(つまり、期待と応合のやり取り)によって充足を得る機能)を得る事が生きていく事であると言うのは、実感に照らし合わせても良く分ります。 m207

そして「人類500万年に亙る共同体の原基構造に迫る」の当ブログからすると、人類が共同体を獲得してきたのは、どのような経緯からか調べて見ました。 m207

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2007年10月18日

歌と共同体のつながり

昔からその地域に根付いて今日まで歌われている歌と言えば「民謡」ですね。
この民謡というもの、おのおのの地域共同体の中でどのようにして生まれ、どんな場面で歌われてきたのでしょうか。想像するに、共同体の生活とはかなり深いかかわりがあるように思い、今日はちょっとそのあたりを探ってみたいと思います。
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(『にしん漁』北海道デジタル図鑑(リンク)より拝借)

民謡とは、民衆の、労働・儀礼などの集団の場において自然に発生し、伝承されてきた歌謡。素朴な生活感情を反映し、地域性が強い。遊び歌・祝い歌・仕事歌・酒盛り歌・盆踊り歌などがある。(「大辞林」より)

このように「労働」「儀礼」などとの結びつきがあるようですね。また自然発生とありますが、歌われ始めた時の状況はいったいどんな状況だったのでしょう。ここはひとつみんなで想像力 Rolling Eyes も働かせて考えてみましょう。

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2007年09月15日

母系社会:サタワル島の子育て~胎教

「母系社会:サタワル島の子育て~『子どもはみんなで育てる』」に引き続き、妻方居住の婿入り婚をとるミクロネシア、サタワル島の母系社会の子育てを紹介します。

ブログ『家庭を聖域にしてはいけない』さんの記事『胎教って何??』を読んで、伝統的な母系社会にも胎教があるのだろうかと思い少し調べてみました。

サタワル島にも胎教がありました。ただし、私達のイメージする胎教とはずいぶん違っています。胎教とともにサタワル島での妊婦の生活、夫の役割などを紹介します。

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2007年09月02日

『穢れ』って何?

けがれ【汚れ・穢れ】
 [1] けがれること。特に精神的にみにくいこと。よくないこと。
   ・ この世の―に染まる    ・ ―を知らない純真な少年
 [2] 名誉をけがすこと。
   ・ 家名の―
 [3] 死・疫病・出産・月経などによって生じると信じられている不浄。
   罪・災いとともに、共同体に異常をもたらす危険な状態とみなされ避け忌まれる。
  (大辞林より)
とあるように、一般的には「穢れ」というと、清浄ではない汚れて悪しき状態と捉えられていますが、 “死・疫病”はまだ分かるとして、“出産・月経”がなぜ「穢れ」とされるのか、いままでピンとこなかったんですが、
『男子禁制って?』

「穢れ」として女を隔離するのも、出産や月経で体力的に弱っている女を、過酷な労働から守るという意味合いの方が大きいように思います。

を読んで、なるほど!と大いに感じるところがあったので、少し『ケガレ』について調べてみました。

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2007年08月10日

先祖に感謝し、まだ見ぬ子孫への期待を込めて山桜を植える人々

『「いのち」~共同体社会の生命観(青森では)』に続いて、共同体社会の自然観、生命観を紹介します。

少し前の日本の村落共同体でも、日々の生活や課題を通じて、“いのちは個人を超えて開かれ連続している”とうい意識が、人々の間で共有され継承されていました。

先祖に感謝し、まだ見ぬ子孫への期待を込めて山桜を植える人々を紹介します。

ki2yosino2.jpg(山桜の群生)

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2007年08月05日

「いのち」~共同体社会の生命観(青森では)

>“「いのち」は個体の枠を超えて他の個体とは無限に関連していて、「いのち」は決して個体に閉じ込められるものではない”という生命観を共有する仲間の存在がその基盤となっているのだと思います。(ヘヤー・インディアンにおける「いのち」~共同体社会の生命観 より)

この生命観は、共同体社会には共通するものなのかもしれません。
青森市在住の民族研究者、田中忠三郎さんの記事で青森の事例を紹介したいと思います。
縄文の世界・生活と文化

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2007年07月21日

ヘヤー・インディアンにおける「いのち」~共同体社会の生命観

 多くの伝統的な共同体社会では、「守護霊崇拝」や「生まれかわり信仰」が人々の間で共有されていました。そう聞くと、私たちは何か迷信のようなものかと思いがちですが、そうではないようです。現実の生活や周りの自然環境とも密接に結びついたものです。

そこには、“「いのち」は個体の枠を超えて他の個体とは無限に関連していて、「いちの」は決して個体に閉じ込められるものではない”という生命観が息づいているようです。

「守護霊崇拝」や「生まれかわり信仰」が、どのように現実の生活と結びつき、集団内で共有され継承されてきたのか、その事例を紹介します。

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2007年02月11日

サン(ブッシュマン)の分配・共有制

カラハリ砂漠のサン(ブッシュマン)に続いて、獲物の分配・共有制の仕組みを紹介します。厳しい自然外圧に適応して生き抜くために、いかに共同性が絶対的であったかが伺えます。

既にアフリカ熱帯雨林地域に生きる狩猟採集民アカ(2)や、“縄文と古代文明を探求しよう!”の「贈り物」の起源?!アカに見る食料分配において、食物の所有⇒分配権として、さらに「贈与」との関連において紹介されていますが、サンではこの分配権(=共有制)を決定する面白い仕組みがとられています。

獲物を仕留めてきた当人だけではなく、矢を作って貸したものも分配権を握りうるというルールがあり、最も価値ある活動である狩猟に全員が参加できる仕組みになっています。

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2007年01月13日

タイ族の「ピー信仰」

タイは仏教国ですが、タイ族は仏教に加え古来のピー信仰も残しています。

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ピー信仰とは(Wikipediaより)

ピー信仰とは特にタイ族によるアニミズム(精霊信仰)を指して用いられる言葉である。ピー タイ語において「精霊、妖怪、お化け」の類を説明するために用いられる言葉である。バラモン教、仏教伝来などの外来の宗教伝来以前に顕著に見られたタイ族全般に見られる信仰の形態であり、現在でもそれらの宗教の影響を受けながら、信仰する傾向がタイ族に見られる。

阪市立大学岩田慶治の「タイにおけるピー信仰」によると、ピー信仰の展開の過程は3つの段階に分けられます。

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2007年01月02日

神を謡うは、同化→読み解き→真似ること

守護神信仰(自然神→人格神)の事例として、アイヌの神謡(ユーカラ)を紹介します。知里真志保氏によるユーカラの分類は次の4つ。歴史的にも①→②→③へと変化していきます。

ユーカラ―┬―神々のユーカラ―┬―①自然神謡 …自然神
       │            └―②人文神謡 …自然神と人格神の中間
       └―人間のユーカラ―┬―③英雄詞曲 …人格神
                     └―④婦女詞曲

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2006年11月15日

北西アメリカインディアン社会で行われた「ポトラッチ」

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北西アメリカインディアン社会で行われた「ポトラッチ」は、相手を上回る「気前の良さ」を示して社会的な評判・威信・名誉の獲得を目指した儀礼的な贈与競争です(写真は現代のもの)。

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2006年11月04日

雲南省ハニ族の「稲魂信仰」


長江流域の少数民族社会には「稲魂(いなだま)信仰」がひろく伝えられています。その中から美しい棚田で知られる雲南省ハニ族の「稲魂信仰」を紹介します。

ハニ族の人口は約144万人。  
主に雲南省南西部の礼社江下流、紅河西側の哀牢山岳地帯に分布しています。

ハニ族の稲作に関係する行事は、日本の稲作の祭りと多くの共通点をもっています。

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2006年10月30日

「摩梭人走婚」(モソ人の妻問い婚) 5

moso2.jpg<母系社会を営むモソ人の食生活は自給自足である。僻地にあり豊かな土地でないとしても、それは集団としての当然のありようである。生活必需品を他集団とやり取りすること、交易に依存することはありえない。

(by石野)

食生活は自給自足できるものが多い。ただし、現在ワラビ村の主食は水稲であるが、ワラビ村の標高は米を栽培できるぎりぎりの高さであり、赤い米を栽培している。それも不作の年が多いようである。そもそもワラビ村で水稲栽培が始まったのは60年代以後である。それ以前の主食はトウモロコシであったという。なお、ワラビ村より少し標高の高いリジャズ村ではもう水稲栽培はできず、トウモロコシの飯やパンを主食にしている。ワラビ村には水田の数がそもそも少なく、半年ほどで食い尽くしてしまうため、ほんの少し標高の低い、永寧郷の村々の米を買うことが多い。また冬は野菜が取れないため、ほとんど食べないが、永寧の市場に出かけていって野菜を買ってくることもある。トウモモロコシは現在ほとんどが家畜の餌となっている。

モソ人の食生活

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2006年09月07日

樹から落ちた人類の極限的洞窟生活

こんばんは。初投稿の廣田です。

今日は、「樹から落ちたカタワのサルがどうようにして生き抜いてきたのか」をテーマに仲間と話合ったので、それを書きたいと思います。

まず、そもそも何でサルが樹に登ったのか。

それは、「ネズミに追われたから」なんです。

しかし、ネズミに追われて登ったとはいえ、そこは楽園とも呼べる場所でした。

なぜなら、樹上には外敵がおらず、木の実が豊富で、防衛力にも生産力にも優れていたからです。

しかし、突然変異による足の指の先祖返りによって、枝を掴めなくなったカタワのサルは、地上へ落ち、一気に地上最弱の動物となってしまいます(鋭い牙もなく、走りも遅いカタワのサル=人類は狸にも負ける存在だった)。

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2006年09月06日

原始人はどのようにして生き延びてきたか?

始めまして。内藤です。
祝”初投稿!!”
今日は、原始人の極限状況のお勉強をしたので、そのおさらい・・・

(1)人類はカタワのサル
  ・サル時代に共認機能を獲得した。
  ・足の指の先祖返りによって、地上に降りるしかなかったサルが人類。
  ・地上最弱な動物が人類。

  ◆人類とは足の指が先祖返りしたカタワのサルである

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