<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
   <title>知られざる人類婚姻史と共同体社会</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://bbs.jinruisi.net/blog/" />
   <link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://bbs.jinruisi.net/blog/atom.xml" />
   <id>tag:bbs.jinruisi.net,2006:/blog/1</id>
   <updated>2008-08-19T12:57:43Z</updated>
   <subtitle>未開部族の婚姻様式などから、人類500万年に亙る共同体社会の原基構造に迫っていきます。</subtitle>
   <generator uri="http://www.sixapart.com/movabletype/">Movable Type 3.33-ja</generator>

<entry>
   <title>墓に見る日本人の共同性</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/08/000434.html" />
   <id>tag:bbs.jinruisi.net,2008:/blog//1.434</id>
   
   <published>2008-08-19T12:29:34Z</published>
   <updated>2008-08-19T12:57:43Z</updated>
   
   <summary> 　 お盆も終わり、皆さん忙しい日々が始まっているかと思いますが、改めて日本の「...</summary>
   <author>
      <name>sinkawa</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bbs.jinruisi.net/blog/">
      <![CDATA[<img alt="%E5%A2%93%E5%9C%B0%EF%BC%92.jpg" src="http://bbs.jinruisi.net/blog/%E5%A2%93%E5%9C%B0%EF%BC%92.jpg" width="420"  />
　
お盆も終わり、皆さん忙しい日々が始まっているかと思いますが、改めて日本の「墓」について調べて見ました。
現在、家族墓（○○家の墓）が一般的ですが、家族墓が作られるようになったのは極最近のようです。
　
　
<a href="http://blog.hix05.com/blog/2007/10/post_393.html#more">壺齋閑話　「日本人の墓」</a>からの引用です。
　
先ずは応援、お願いします。
<a href="http://blog.with2.net/link.php?556883" target="_blank"><img alt="ブログランキング・人気ブログランキングへ"src="http://bbs.jinruisi.net/blog/banner_04.gif" border="0" /></a> 
<a href="http://history.blogmura.com/" target="_blank"><img height="15" alt="にほんブログ村 歴史ブログへ" src="http://history.blogmura.com/img/history80_15.gif" width="80" /></a> 

]]>
      <![CDATA[以下引用

<blockquote>今日われわれ日本人の間に普通に行われている墓の形式は家族墓と呼ばれるものである。寺院あるいは公共の墓地の一角に墓石を立て、その表面に○○家の墓と標すのがもっとも一般的だろう。墓石の下には納骨用のスペースが設けられていて、そこに壺に収めた骨を埋葬する。数世代が眠るには適した空間だ。

こうした家族墓の形式が一般化したのはそう古いことではない。家族の成員が家単位で葬られること自体徳川時代中期以降のことであるし、まして今日のような墓が現れるのは比較的最近のことなのだ。

これには、火葬の普及という事情があるだろう。また家族墓が主流になることの背景には、家族の中における妻＝母の地位の変化と、それにともなう妻の葬儀のあり方の変化も作用していると見られる。

妻が夫の姓を名乗るのは明治時代以降のことである。それであるから、妻が死ぬとその遺骸は里方の墓地に葬られることが多かった。夫方の墓地に葬られても、その名は里方のものを記されたのである。幕末・明治の碩学依田学海の日記に母親の死を記したところがあるが、それを読むと、学海の母親の墓には里方の姓を付して、「斎藤孺人墓」と銘されているのがわかる。

この例にみられるように、明治以前の日本人は、個人墓に葬られることが多かったのである。古い墓地に行くと、個人の名を銘した墓が多いことに気づく。寺によっては、無縁の墓を寄せて一箇所に積み上げているところがあるが、それらの墓は殆どが個人墓である。都立墓苑のような明治以降に始められたところでも、個人墓は圧倒的に多い。

だが、これらの個人墓についても、せいぜい中世に遡れる程度で、そんなに歴史が古いとも思えない。それも位階の高いものは別として、庶民が個人墓に葬られたことを裏付ける歴史的な資料はほとんど存在しないといっていいほどである。

日本民族の間で行われていた埋葬と、その目に見える形としての墓について、簡単に振り返ってみよう。

縄文時代の遺蹟をよく調べてみると、数個の竪穴式住居からなる集落が生活の基本単位だったことが推測される。この集落は中央部分に墓地を擁していて、成員が死ぬとそこに埋葬された。埋葬の形式は直接埋めるものから、土棺に納めて埋めるものまで、経済力に応じてさまざまだったようだ。土棺の中でももっともよくみられるものは、丸い蚕のような形をしたものである。いづれにせよ、死者たちは集落の中心に眠り続け、生けるものとの精神的なつながりを失ってはいなかったようなのだ。

弥生時代になると集落の規模は大きくなり、回りに壕をめぐらした環濠集落が登場する。共同墓地は集落の外に作られることが多くなった。

古墳時代には、原子的な共同体は分裂して、一般民衆の上に君臨する首長層が登場する。これに伴い、首長の墓が独立した古墳として造営され、見晴らしの良い場所から集落を見下ろすような形になる。多数の民衆は集団墓地に、中間層は低墳丘の墓地に葬られた。首長以外は個人としてでなく、集落の成員として集団的に葬られたと思われる。

平安時代後期、火葬が普及するようになると、都の貴族たちは一族門流ごとに火葬場を持ち、墓堂や納骨堂を建てるようになった。その場合でも、妻の葬儀は夫方ではなく里方で行われたようである。夫婦別墓は古墳時代以前からの、日本民族の古い慣習を引き継いでいたのだと思われる。

仏教者たちの間では、同じ信仰を通じて堅い契りで結ばれ、仲間が臨終を迎えると皆で葬儀の準備にあたり、死後は共同の墓地に葬った。

一般民衆についてはくわしい記録がないが、律令制では所定の墓地に即日土葬することが定められていた。夫婦や家にはこだわることがなかったようである。
　
中世以降近世に至るまでは、墓地は位階の高いものをのぞけば、集落ごとに所定の場所に用意された共同のものだったようだ。民衆は集落の成員としてのみそこに眠ることができた。眠るものの墓の上に、主の名が記されるようになるのは近世以降のことだと思われる。まして今日のように、家族単位で葬るようになるのは、ずっと時代を下って、ごく最近のことに属するのである。
　</blockquote>　
　
　
近世まで、農村の民衆の墓は集落ごとの共同墓地として作られ、それは家族や個人を対象としたものではなく、集団の一員であることを表したものであったようです。
家族墓が普及するには、火葬の普及により物理的に同じ場所に埋葬可能になることと、妻が夫方の姓を名乗ることの両方が必要で、明治以降になってからのようです。

つい最近まで、日本の民衆にとっては個人や家族の存在は大した意味を持たず、集団の存在こそが重要で、それこそが人々の拠り所であったことを示しているのだと思います。
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>霊長類の群れ社会の進化（３）～霊長類群れ社会の５つの社会型</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/08/000425.html" />
   <id>tag:bbs.jinruisi.net,2008:/blog//1.425</id>
   
   <published>2008-08-17T12:58:38Z</published>
   <updated>2008-08-17T04:38:38Z</updated>
   
   <summary>『霊長類を見る視点』＜前編＞　＜後編＞に続いて、現在の霊長類の群れ社会の「５つの...</summary>
   <author>
      <name>sachiare</name>
      
   </author>
         <category term="Ａ　人類の起源を探る" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bbs.jinruisi.net/blog/">
      <![CDATA[『霊長類を見る視点』<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/08/000422.html" Target="_blank">＜前編＞</a>　<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/08/000424.html" Target="_blank">＜後編＞</a>に続いて、現在の霊長類の群れ社会の「５つの社会型」を紹介します。

群れ（集団）を考える場合、まず雄と雌がどのような形で結びついているかが基底部となります。それをもとに現存するサルたちの集団のあり方（社会型）をみると<strong>「５つの社会型」</strong>に分類できます。

霊長類学者の河合雅雄著『人間の由来』（小学館1992）を参考に紹介します。

　↓↓応援よろしくお願いします :m208:  :m208: 
<a href="http://blog.with2.net/link.php?556883" target="_blank"><img alt="ブログランキング・人気ブログランキングへ"src="http://bbs.jinruisi.net/blog/banner_04.gif" border="0" /></a> <a href="http://history.blogmura.com/" target="_blank"><img height="15" alt="にほんブログ村 歴史ブログへ" src="http://history.blogmura.com/img/history80_15.gif" width="80" /></a>]]>
      <![CDATA[　
<span style="color:#000080;"><strong>【霊長類集団の５つの社会型】</strong></span>

　原猿が誕生したのは今から6500万年前の暁新世といわれ、原猿の祖先（原霊長目）は樹上適応した食虫目だと考えられています。

<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/T047753A.jpg"><img alt="T047753A.jpg" src="http://bbs.jinruisi.net/blog/T047753A-thumb.jpg" width="200" height="133" /></a>【ツパイ】分類：哺乳綱ツパイ目ツパイ科

食虫目から原猿への進化の中間形態を現在のツパイに見ることが出来ます。ツパイは、リスに似た姿の小型哺乳類。霊長類と食虫類との中間的な形態をもち、原始的なサルなどの祖先型に近い動物として注目されています。ツパイは基本的にオスもメスも単独行動です。したがって、霊長類の群れ社会の進化は、始めは原猿の単独社会から出発したのだと考えられます。

<hr width="50%" color="#7f7f7f">

<img alt="%E9%9C%8A%E9%95%B7%E9%A1%9E%E3%81%AE%EF%BC%95%E3%81%A4%E3%81%AE%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E5%9E%8B.jpg" src="http://bbs.jinruisi.net/blog/%E9%9C%8A%E9%95%B7%E9%A1%9E%E3%81%AE%EF%BC%95%E3%81%A4%E3%81%AE%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E5%9E%8B.jpg" width="340" height="294" />

　５つの社会型とその代表的な種は次のようになっています。実際には同じ社会型であっても種により群れ社会は様々です。

<strong>１．単独生活社会（単体型）</strong>
　　原猿：アイアイ
　　真猿：オランウータン
集団をつくらず、雄も雌も独立して一頭で暮らしている社会。独立とはいっても、雄と雌が一緒になり交尾をする必要がある。社会的な接触が行われ、個体間には社会的な行動が発現し、性を通じて社会関係がつくれる。

<strong>２．ペア型社会（単雄単雌型）</strong>
　　原猿：インドリ
　　真猿：テナガザル
雄と雌のペアによる集団。子どもは成長すると息子、娘とも巣離れする。

<strong>３．単独雄社会（単雄複雌型）</strong>
　　真猿：（母系）ブルーモンキー、ハヌマンラングール　　（父系）ゴリラ
一頭の雄と複数の雌及び子どもかなる集団。

<strong>４．複雄群社会（複雄複雌型）</strong>
　　真猿：（母系）ニホンザル、サバンナヒヒ　（双系）アカコロブス　（父系）チンパンジー
複数の雄と複数の雌及び子どもからなる集団。

<strong>５．重複社会</strong>
　　真猿：（母系）ゲラダヒヒ　（父系）マントヒヒ
基本的な社会単位である集団が複数集まって上位の社会集団が形成された重層社会。人間社会に例をとると、家族という基本的社会単位があり、それが複数数集合して村落をつくる、その村落が重層社会。地上生活というサル類の中では、数少ない生活形をもっているヒヒ類の仲間だけに見られる。

　　<em>参考：河合雅雄著『人間の由来』（小学館1992）</em>
<hr width="50%" color="#7f7f7f">

◆この５つの社会型以外に、論理的には「一頭の雌と複数の雄」といった一妻多夫のような集団も考える事ができますが、サルの社会にはないといってもいいようです。また、哺乳類全体を見ても、だいたい１～５の社会型を見出すことができるようです。

原猿の群れは１と２の社会型および３の社会型の原型、真猿の群れは多様になり１～５の社会型を形成します。５の社会型ほど集団は複雑化・重複化しているので、原猿→真猿への進化とともに、群れ社会も進化していると言えるかも知れません。

ただし、進化系統樹上で後の時代に分化している類人猿には５の社会型がなく、１～４の社会型に区分できます。このことから、必ずしも形態（本能）進化と群れ社会進化は完全なパラレルではないようです。おそらく外圧状況に応じて群れ社会の構造も変化するのだ思われます。


◆ここで、霊長類学者の河合雅雄氏の「家族の起源」説を簡単に紹介しておきます。

河合説によれば、初期人類の集団は、チンパンジーのような「複雄群社会（複雄複雌型）」、もしくはヒヒのような「重複社会」を原型にした集団である可能性が示されています。現在の類人猿で「重複社会」を持つものはいませんが、「重複社会」を持つ類人猿が人類の祖先だったとも考えられるそうです。

また、初期人類は母系か、父系か？この点について河合氏は「母系」「双系」「父系」のどれになるのかは外圧状況によって変化するとし、したがって初期人類は「母系」「父系」のどちらの可能性もあるとしています。

河合氏は、現段階では確定仕切ることは出来ないとし、一定の可能性の示唆に留めています。霊長類学にもさまざまな学説があり、どの説も決定打に欠けるのが現状で、まだまだ追求過程にあるようです。

<hr width="50%" size="3" color="#7f7f7f" style="border-style:dashed">

　群れ社会の進化とは、群れ社会の成立構造の塗り重ねであり、初期人類もまたそれまでの成立構造を基に集団を形成したはずです。したがって、霊長類の群れ社会の進化を見る上で重要なのは「社会型」そのものではなく、どのような外圧状況の下でその社会型が形成されたのか？また、その社会型を形成した成立構造（オス・メスの関係や群れの成員を繋ぐ紐帯など）は何か？などを解明することではないかと思っています。

『霊長類の群れ社会の進化』（１）～（３）では、「霊長類を見る視点」「霊長類群れ社会の５つの社会型」といった全体的な視点で見てきましたが、いよいよ次回から霊長類の群れ社会を具体的（マニアック？）に紹介したいと思います。（さいこう）]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>初期人類は骨を食べていた！vol.７</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/08/000426.html" />
   <id>tag:bbs.jinruisi.net,2008:/blog//1.426</id>
   
   <published>2008-08-15T16:04:43Z</published>
   <updated>2008-08-15T08:28:16Z</updated>
   
   <summary> ＜初期人類は骨を食べていた vol.1　vol.2　vol.3　vol.4　v...</summary>
   <author>
      <name>yidaki</name>
      
   </author>
         <category term="Ａ　人類の起源を探る" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bbs.jinruisi.net/blog/">
      <![CDATA[ ＜初期人類は骨を食べていた <a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/07/000406.html">vol.1</a>　<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/07/000407.html">vol.2</a>　<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/07/000409.html">vol.3</a>　<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/07/000412.html">vol.4</a>　<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/07/000417.html">vol.5</a>　<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/07/000418.html">vol.6</a>＞にわたり<strong>、『人はなぜ立ったのか？』『親指はなぜ太いのか－直立二足歩行の起源に迫る－』島泰三著</strong>より、「口と手連合仮説」に基づき、初期人類の食性に関して、紹介させていただきました。

改めておさらいですが、

<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/07/000406.html">vol.1</a>で、初期人類が生存していたアフリカのサバンナでは、<span style="color:#ff3300;">昼の炎天下</span> :m005: の中で行動すれば、比較的に大型獣に襲われる危険から回避でき、栄養価の高く、競合相手のいない自然界のニッチとしての骨を採取できることがわかったと思います。

<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/07/000407.html">vol.2</a>では、霊長類の中でも人類は、硬くて靭性の優れた<span style="color:#ff3300;">分厚いエナメル質の特殊な歯</span> :m251: を持っていることがわかったと思います。

<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/07/000409.html">vol.3</a>では、犬歯が大きくない代わりに、上下、左右、前後、回転といった感じに<span style="color:#ff3300;">自在に動かせるあご </span>:m252: を人類は獲得し、骨をすり潰すことができるようになり、骨食が可能になったとこがわかったと思います。

<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/07/000412.html">vol.4</a>では、<span style="color:#ff3300;">人類の手 :m042: は、石を握り骨に叩きつけ、骨をを砕く為に適した形</span>でなっていることがわかったと思います。

<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/07/000417.html">vol.5</a> <a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/07/000418.html">vol.6</a>では、島泰三さんの<span style="color:#ff3300;">「口と手連合仮説」</span>は、人類のみならず、霊長類全般にわたり一環した構造であることがわかったと思います。

<span style="color:#ff3300;"><strong>今回は、骨を食べていた初期人類はなぜ直立二足歩行になっていったのか？ いよいよ直立二足歩行の謎にも迫ってみたいと思います。</strong></span>
初期人類は骨を食べていた！実はこの骨食と直立二足歩行は大いに関係しているのです。

続きを読む前にぽちっとして、人類史の５００万年の旅に出発してみてください。 :m071: 
 :m118:  :m118:  :m118:  :m118:  :m118:
<a href="http://blog.with2.net/link.php?556883" target="_blank"><img alt="ブログランキング・人気ブログランキングへ"src="http://bbs.jinruisi.net/blog/banner_04.gif" border="0" /></a> <a href="http://history.blogmura.com/" target="_blank"><img height="15" alt="にほんブログ村 歴史ブログへ" src="http://history.blogmura.com/img/history80_15.gif" width="80" /></a> ]]>
      <![CDATA[<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/%E7%AB%8B%E3%81%A4%E7%94%9F%E3%81%8D%E7%89%A9%EF%BC%921.html" onclick="window.open('http://bbs.jinruisi.net/blog/%E7%AB%8B%E3%81%A4%E7%94%9F%E3%81%8D%E7%89%A9%EF%BC%921.html','popup','width=650,height=448,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://bbs.jinruisi.net/blog/%E7%AB%8B%E3%81%A4%E7%94%9F%E3%81%8D%E7%89%A9%EF%BC%92-thumb.jpg" width="450" height="310" alt="" /></a>

<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/%E7%AB%8B%E3%81%A41.html" onclick="window.open('http://bbs.jinruisi.net/blog/%E7%AB%8B%E3%81%A41.html','popup','width=429,height=1357,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://bbs.jinruisi.net/blog/%E7%AB%8B%E3%81%A4-thumb.jpg" width="150" height="474" alt=""Align="right"  /></a>

<span style="background:#C8FFFF"><strong>■道具を持った類人猿は立ち上がる！</strong></span>

類人猿は基本、四足歩行だと思っていませんか :m052: 人間だけが二足歩行だと誤った認識をもっていませんか :m052: 

類人猿はもともと樹上で立ち上がった姿勢で移動します。なので地上に降りても二足で立つし、２足で歩行することもあります。

<span style="color:#6666ff;">テナガザル</span>たちは長い両手を広げてすたすた地面を歩くし、<span style="color:#6666ff;">ゴリラ</span>が胸を叩く時は両足で立ち上がります。<span style="color:#6666ff;">チンパンジー</span>は食物を手に持って歩き、<span style="color:#6666ff;">ボノボ</span>（ピグミーチンパンジー）は、もっと楽そうに両手にサトウキビを持ち、赤ん坊を背中に背負って二足歩行します。南米の<span style="color:#6666ff;">クモザル</span>でも地上に降りると二足で立ち歩くし、<span style="color:#6666ff;">ニホンザル</span>は芋を両手に抱えて砂浜を走ります。イヌのように草原を疾駆する<span style="color:#6666ff;">パタスモンキー</span>でさえ、両手に果物を抱えると、長い尻尾の支えはあるとしても両足で立ち上がります。

<span style="color:#6666ff;">森の木々の間で暮らしていて、枝先の食べ物を取るため両手を使って伸びあがったり、体全体を長く伸ばしたりしているサル達のバランス感覚は発達しているのです。このために、地上に降りると、必要があれば二足で立ち上がることぐらいは容易なわけなのです。</span>

しかし、そこから二足歩行までの溝は、まだ深いですよね。

「口と手連合仮説」によってご理解いただいたことと同様に、様々な外圧の中で、主食を開発するというそのサルの生存にかかわる活動の裏づけなしには、地上直立二足歩行という移動方法まで変ることはないですよね。

サトウキビや芋など食物がたまたま豊富にあったために、潜在能力として二足歩行を見せる事があったとしても、そこから常時の二足歩行にいたることはないと思いませんか :m052: 

<span style="background:#C8FFFF"><strong>■「口と手連合仮説」が解き明かす二足歩行の謎</strong></span>

人類が石という道具を手にしたのは、主食の開発のためだったことは、このシリーズでお解かりいただけたと思います。

骨を食物にする為には、口に入れて粉々にできるだけの大きさに割らなければならない。<span style="color:#6666ff;">人類が石を使って、骨を粉砕する行為は、人類が生き残る為に可能性収束した答え</span>だったのです。

<span style="color:#6666ff;">それまで利用されなかった骨は、サバンナでは豊富に、また永久（１００万年単位で）得られるものだったのです。そういう安定した条件があったからこそ、体の形を変える次のステップに進む事が出来たのかもしれません。</span>骨を握りしめるために親指が太くなるほどに人類の手は変り、その道具で得られた骨をすり潰すように歯のエナメル質は厚くなり、歯列は平坦になっていきました。

<span style="color:#6666ff;">主食は常の食物だから、握りしめた石は常にもっていなければなりません。握りしめた石は、四足歩行を難しいものにしました。肉食獣が食べ残した骨があるのは、アフリカの平らなサバンナです。平坦な広野という二足歩行に適した環境条件があり、食物の為に石を握りしめていた初期人類は、二足で立つ理由がそこにはあったのです。</span>

この条件の中でだけ、力学的バランスの悪い、移動速度の遅い直立二足歩行が可能となったのです。

<span style="color:#6666ff;">サバンナには、ライオンやヒョウやハイエナのような多くの捕食者たちの脅威があるにも関わらず、速度の遅い直立二足歩行を人類が採用したことには驚かざるをえないですが、捕食者が活動しない炎天下の昼間 :m005: という環境的なニッチもそこにあったことも大きな要因なのでしょう。</span>

ニッチは捕食者よりも主食によて決定され、ニッチは移動方法を決定しているのです。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

人類の足の指が拇指対抗性でないのは突然変異という説もありますが、むしろ樹上での生存闘争に敗れ、唯一の生存の可能性として見つけたニッチ（生態的地位）が骨で、その<span style="color:#ff3300;"><strong>骨を主食として生存する為に二足歩行に移行していった</strong></span>のが人類なのではないでしょうか？

vol.５で紹介したアイアイやアンワンティボやコロブスと同様に、<span style="color:#ff3300;"><strong>逆境から見つけ出した新たなニッチ（生態的地位）への可能性収束が、その手や足を進化（新たなニッチへの適応）させた要因</strong></span>なのではないでしょうか？

栄養価が高く、たくさんある食べ物があって、それを食べる動物がいなければ、そして、それが百万年という時間の単位で続けば、いつかはそれを食べる動物が、必ず出てきます。過酷な生存闘争の中で、<span style="color:#ff3300;"><strong>人類がニッチとしての骨にたどりつけたことこそ、人類史をスタートさせた最大要因</strong></span>なのかもしれません。

おわかり頂けたでしょうか :m052: 

次回は、骨食による恩恵ともいえる人類の進化を紹介したいと思います。
骨を食べ続けた事で人類は、凄い進化を遂げていきます。

まだまだ続きますよ。

]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>人類進化の700万年（１）人類とは？何種類いた？</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/08/000429.html" />
   <id>tag:bbs.jinruisi.net,2008:/blog//1.429</id>
   
   <published>2008-08-15T03:41:16Z</published>
   <updated>2008-08-15T08:58:54Z</updated>
   
   <summary>人類進化の研究は新たな化石の発見によって塗り変わって行っているが、最新の研究成果...</summary>
   <author>
      <name>okatti</name>
      
   </author>
         <category term="Ａ　人類の起源を探る" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bbs.jinruisi.net/blog/">
      <![CDATA[人類進化の研究は新たな化石の発見によって塗り変わって行っているが、最新の研究成果を素人でも分るようにまとめられた本がある。三井誠著『人類進化の700万年　書き換えられる「ヒトの起源」』講談社現代新書2005年9月。
最新の研究に基づく新常識とはどのようなものなのか（今後も塗り変わって行くでしょうが…）を紹介して、人類進化の全体像に迫っていきたいと思います。

<strong>人類とは？</strong>
次のうち、人類がチンパンジーとの共通祖先から枝分かれしたごく初期にもっていた特徴とは何か？複数回答です。
①脳の大型化、②複雑な言語の使用、③メスの発情期の喪失、④直立二足歩行、⑤犬歯の縮小
答えは次頁です。

応援よろしく :m030: 　ｂｙ岡
<a href="http://blog.with2.net/link.php?556883" target="_blank" id="blog.with2"><img src="http://bbs.jinruisi.net/blog/banner_04.gif" border="0" alt="ブログランキング・人気ブログランキングへ"></a>　　<a href="http://history.blogmura.com/" target="_blank"><img height="15" alt="にほんブログ村 歴史ブログへ" src="http://history.blogmura.com/img/history80_15.gif" width="80" /></a>
]]>
      <![CDATA[答えは④の「直立二足歩行」と⑤の「犬歯の縮小」です。合ってましたか？
「直立二足歩行」はお馴染みですが、「犬歯の縮小」は意外だったのではないでしょうか。

因みに、①の「脳の大型化」は約240万年前以降のこと。（筆者注：これも意外ですね。人類700万年とすると3分の2、500万年としても2分の1の時代を脳進化に拠らないで過ごしてきたことになります！）
②の「複雑な言語の使用」は化石からは読み取りにくいが、最新の証拠によると7万5千年前ごろには獲得していたらしい。（筆者注：これは本当にごく最近ですね。観念進化は人類だけが到達した画期的なことなので、これくらいかかったかもしれませんね。ただ言葉自体の獲得はもっと前でしょうが…）
③の「メスの発情期の喪失」は分っていないらしい。（筆者注：類人猿でもその傾向はあるので、人類は初期からの可能性がありますね。）

<blockquote><span style="color:#006699;"><strong>人類が進化の道のりで獲得してきた主な特徴</strong><br>
700万年前～　直立二足歩行　犬歯の縮小　　　　　　　　　　　　　　　　　　猿人<br>
400万年前～　歯のエナメル質の厚み増大？（根など硬い食べ物に適応）<br>
250万年前～　石器の作製　脳の大型化が始まる　　　　　　　　　　　　　　原人<br>
200万年前～　体毛の喪失？<br>
180万年前～　アフリカから出る<br>
80万年前～　火の使用　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　旧人<br>
20万年前～　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　 　 　　　新人<br>
7.5万年前～　シンボルを扱う能力　言語の使用？<br>
3.5万年前～　芸術の広がり<br>
1.0万年前～　農業を始める<br>
※これらの獲得の道のりは順次紹介します。</span></blockquote>

「犬歯の縮小」に戻りますが、これは<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/07/000407.html"target="_blank">初期人類は骨を食べていた！vol.２</a>、<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/07/000409.html"target="_blank">vol.３</a>でも紹介されていましたが（エナメル質の厚さや骨をすり潰すあごの秘密とともに）、これを人類の指標とするようになったのは理由があるようです。
それは、ここ数年人類とチンパンジーとの分岐に迫るような化石が相次いで見つかり、「明らかに人類」とは言いにくい例が増えているためです。つまり、直立二足歩行をしていたかどうかはっきりしなくても、犬歯の特徴などから人類として分類しているという事情があるのです。

<strong>最古の人類化石</strong>
これまでに見つかった最古の人類化石は、2002年にアフリカ中央部のチャドで発見された700万～600万年前のもの。（人類の歴史を700万年としているのはこの化石年代がもとになっている。それまでは500万年と言われていた。）
<img alt="20050406222411355_1_N2.6.69_02.jpg" src="http://bbs.jinruisi.net/blog/20050406222411355_1_N2.6.69_02.jpg" width="344" height="229" />
（チャドで発見された最古の人類化石の復元図。<a href="http://www.expo2005.or.jp/jp/N0/N2/N2.6/N2.6.69/index.html" target="_blank">愛・地球博</a>よりお借りしました。）

見つかったのはほぼ完全な頭の骨で、脳の大きさは360～370ccとチンパンジーと変わらない。現生人類の3分の1以下だ。身長も105～120センチほどで、やはり現代のチンパンジーと変わらない。
一部の研究者がメスの類人猿と指摘するほど原始的な特徴をもつが、犬歯の縮小などの特徴が認められ、わずかだが人類の側に足を踏み出しているとされる。

では、直立二足歩行をしていたかどうか？
腰や足の骨が見つかっていないので、頭の骨から見極めるしかないが、首の骨が頭骨に入るためにあく穴（「大後頭孔」と呼ばれる）の位置から判断すると、直立二足歩行をしていた可能性がある。しかし、大後頭孔だけで推し測るには無理がある等の批判もあり（ex.テナガザルは樹上で直立した姿勢を取ることが多いが大後頭孔は後ろを向いたまま）、明確な結論は出ていない。

<strong>人類は何種類いたのか</strong>
人類は誕生以来、何種類いたのだろうか。
少なく見積もる研究者で<strong>10種あまり</strong>、新種を作る傾向のある研究者で<strong>20種類以上</strong>がいたとしている。（筆者注：これとて今後増える可能性あり。）
（人類進化の系統樹は、<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2007/12/000311.html" target="_blank">ミッシングリンクの意味＝奇跡的に生き延びた人類</a>を参照してください。）
人類の進化は、猿人→原人→旧人→新人という単線ではなく、複数の人類種が生れては消えた歴史、つまり<strong><span style="color:#ff3300;">絶滅の歴史</span></strong>であった。
単一の種が着々と進化の階段をのぼって私たち現生人類に辿り着いたのではなく、現生人類は複数の枝分かれした中で現代に生き残った一つの枝に過ぎないのである。

この一点とっても、人類はいかに凄まじい外圧状況に置かれていたかが分ります。
次回も、人類進化の道のりをお楽しみに。
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>大正ロマンの「恋愛至上主義」 　～日本人は初めて「結婚」を「個人」の目的とした～</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/08/000433.html" />
   <id>tag:bbs.jinruisi.net,2008:/blog//1.433</id>
   
   <published>2008-08-14T08:01:37Z</published>
   <updated>2008-08-14T09:53:01Z</updated>
   
   <summary>「恋愛」って言葉も、明治時代の輸入品 :m021: 「LOVE」の翻訳語です。 ...</summary>
   <author>
      <name>koukei</name>
      
   </author>
         <category term="Ｅ 8　日本" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bbs.jinruisi.net/blog/">
      <![CDATA[「恋愛」って言葉も、明治時代の輸入品 :m021: 「LOVE」の翻訳語です。
それまで、日本人は :m021: 「LOVE」を知らなかったのです。
<img alt="10018564852.jpg" src="http://bbs.jinruisi.net/blog/10018564852.jpg" width="380" height="300" />
映画「タイタニック」からお借りしています。

↓ポチット

<a href="http://blog.with2.net/link.php?556883" target="_blank"><img alt="ブログランキング・人気ブログランキングへ"src="http://bbs.jinruisi.net/blog/banner_04.gif" border="0" /></a> <a href="http://history.blogmura.com/" target="_blank"><img height="15" alt="にほんブログ村 歴史ブログへ" src="http://history.blogmura.com/img/history80_15.gif" width="80" /></a> 
]]>
      <![CDATA[ :m005: 江戸時代の男女関係～結婚は、どうだったのでしょう？

  :m282: 武士層は、政略結婚（家と家との関係）による一対婚で儒教の規範で厳格でした。

 :m122: 大衆（殆どが、農民・漁民）は
 :m005: <span style="color:#ff3300;"><span style="color:#ff3300;">若い男女は解放的な性を楽しんだ。：</span></span>結婚前の男女が、若人宿・娘宿などで寝泊りして、性的な関係を複数と結んだ上で相手を決めては結婚した。また、夜這い文化は昭和時代まで地方に残った。

 :m005: <span style="color:#ff3300;">結婚は、現実生活。</span>：結婚に薔薇色の幻想イメージなど全くなく、生きて行く為の生活手段であった。嫁は出産の期待もされているが、それ以上に労働力として期待されて生産（家）の場に入っていく、現代の「就職」に近いイメージである。


 :m281: 明治時代~大正時代になると、欧米思想～ :m021: 「LOVE」＝「恋愛」が輸入される。

大正期に登場した知識人たちは、明治に輸入・翻訳された「恋愛」で、男女関係を再定義し始めます。

 :m023: 恋愛至上主義  :m022: 　ウキペディアより
<blockquote>日本においては、明治時代の北村透谷の思想が恋愛至上主義のはしりである。北村は、「厭世詩家と女性」で<span style="color:#ff3300;"><span style="color:#ff3300;">、「恋愛は人生の秘鑰(秘密を解く鍵)なり、恋愛ありて後人生あり、恋愛を描き去りたらむには人生何の色味かあらむ」</span></span>と主張し、恋愛至上主義の立場を鮮明にした。

透谷の思想はニューイングランドから渡ったものであり、<span style="color:#ff3300;">キリスト教徒</span>である北村が、<span style="color:#ff3300;">恋愛に自由と理想を求めた</span>ことがこの言説の背景にあった。</blockquote>


<blockquote>大正時代、厨川白村はエレン・ケイの影響を強く受け、『近代の恋愛観』を著し、「恋愛は悠久永遠の生命の力がこもる」という言葉が当時の若者を魅了した。恋愛のない見合い結婚を「売春結婚」であり「畜生道」にすぎないと非難、日本には古来より「恋愛至上」の思想があると主張し、<span style="color:#ff3300;"><span style="color:#ff3300;"><strong><u>恋愛結婚を理想化</u></strong></span></span>して話題になった。

恋愛至上主義は、精神的な恋愛を神聖視して、肉体的な恋愛は否定する。そのような恋愛を至上のものとするため、かならずしも結婚に拘泥しない。情熱が切れれば分かれなければならない。また、パートナーを得るかどうかも関係が無い。たとえ片思いであっても、心の底からの「情熱こそがすべて」であるのが恋愛至上主義である。</blockquote>

いかにも、キリスト教徒的な観念論である。「個人」を中心にすえて、恋愛を幻想化させている。
 :m025: 恋愛は、自分の人生の至上の幸せ・活力である。
 :m025: 恋愛の結果として結婚に至るべきである。
 :m025: 恋愛は精神的なもので、肉体的な恋愛を否定。
と言う事らしい。

 :m282: 当時（大正時代）の背景は、
　　:m162: 市場が急成長して、金持ちが出現（貧富の差が出来る）。
　　:m162: 社会の抑圧・市場からの搾取から、「個人」を解放すべきである。
　　:m162: 「個人」が「自由」にを得る事で豊かで幸せな社会に成れる。

このような欧米思想を下敷きにして、私権獲得競争に突入していく活力的な時代である。

このような西洋思想「個人」「自由」の延長線上に :m022: 「恋愛」があった。
その時代に、「恋愛至上主義」が、ピッタリだったのだ。

江戸時代の農家で、女は働き手として期待されて仲間内での役割（地位）が有った。
明治~大正となり、都市生活は女を生産（役割）から切り離し「主婦」として家庭に閉じ込めてしまった。
女性は収入を稼ぐ賃金労働者の男に帰属する存在と成り、「結婚」は金持ち男性を獲得する事が目的となってしまった。

<u><span style="color:#ff3300;"><span style="color:#ff3300;">「自由恋愛」は金持ちの男を獲得する競争であると</span></span></u>直接表現されては、実も蓋も無い。しかし、西洋で先行して作られていた欺瞞観念があった<span style="color:#ff3300;"><span style="color:#ff3300;">「自由恋愛」が、すばらしい事であると幻想化して、納得する為の観念思想 :m031: 「恋愛至上主義」である。

</span></span>しかし、この時代に、その欺瞞性に気が付いていた人もいた。
<a href="http://www.interq.or.jp/leo/ues/home/b-060101.htm"target="_blank">「売春を隠す恋愛結婚イデオロギー」</a>にて、『売る身体/買う身体―セックスワーク論の射程』　田崎英明[編著]の書評から
<blockquote>恋愛は至上なものと謳いながら、やっていることは売春。本当に恋愛したいと思うのなら、女性も自立できる経済力を身につけなければならないはずである。だけど女性は男の経済力にすがりついたまま、消費生活の甘い蜜を吸おうとしている。ここに恋愛至上主義の最大のウソと欺瞞を見い出さざるをえないのである。

　こういうことはこの本を読むと、大正の知識人にとっては共通認識であったというのは驚きである。厨川白村、与謝野晶子、山川菊栄、堺利彦、といった人たちが結婚は売春であると明快に捉えていた(菅野聡美の論文より)。</blockquote>

大正ロマンの時代に刻印された「恋愛至上主義」「自由恋愛」などの男女関係の欺瞞観念を、平成まで私達は引きずってしまう。

しかし、経済的に男に帰属する存在でなってきた現在、「恋愛至上主義」の呪縛が放たれてきた。そのことが事が、晩婚、未婚の原因かもしれません。

 :m232: 本当の男女関係に戻れる時代になってきた :m233: ]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>「お盆の墓参り」は日本独自の習慣</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/08/000431.html" />
   <id>tag:bbs.jinruisi.net,2008:/blog//1.431</id>
   
   <published>2008-08-12T23:56:58Z</published>
   <updated>2008-08-15T08:25:32Z</updated>
   
   <summary>　お盆ネタをもう一つ… ・ ・ 　お盆といえばお墓参りですが、一年のうち決まった...</summary>
   <author>
      <name>kato</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bbs.jinruisi.net/blog/">
      <![CDATA[　お盆ネタをもう一つ…
<span style="color:#FFFF00;">・</span>
<span style="color:#FFFF00;">・</span>
　お盆といえばお墓参りですが、一年のうち決まった時期に先祖の墓に参ると言うのは日本独自の風習のようです。（他の国の仏教や儒教などは命日に訪れるのが一般的。）
<span style="color:#FFFF00;">・</span>
<span style="color:#FFFF00;">・</span>
<span style="color:#FFFF00;">・</span>
<span style="font-size:130%;"><strong>なむ～</strong></span>
<span style="color:#FFFF00;">・</span>
<img alt="%E3%81%AF%E3%81%9B%E3%81%8C%E3%82%8F.bmp" src="http://www.financial-j.net/blog/%E3%81%AF%E3%81%9B%E3%81%8C%E3%82%8F.bmp" width="249" height="229" />
お仏壇のはせがわよりお借りしました（<a href="http://www.kuyou.com/index.html">リンク</a>）
<span style="color:#FFFF00;">・</span>
<span style="color:#FFFF00;">・</span>
<span style="color:#FFFF00;">・</span>
<blockquote>　インドから中国、朝鮮半島を経て日本に伝わった仏教ですが、日本にだけあって外国にはない習慣がいくつかあります。そのひとつがお彼岸の行事です。
　お彼岸という言葉は「彼方の岸」と書かれているように、向こう岸をあらわしています。つまり、仏様が住んでいるあちらの世界のこと。インドではサンスクリット語で「パーラミータ」と呼ばれていました。
　反対に迷いや煩悩にあふれたこちらの世界を此岸（しがん）といいますが、なぜ特定の時期を「お彼岸」と称して特別な法要をしたりお墓参りをするようになったのでしょうか。（<a href="http://allabout.co.jp/family/funeral/closeup/CU20080312A/">リンク</a>）</blockquote>
<span style="color:#FFFF00;">・</span>

<a href="http://blog.with2.net/link.php?556883" target="_blank"><img alt="ブログランキング・人気ブログランキングへ"src="http://bbs.jinruisi.net/blog/banner_04.gif" border="0" /></a>  
 <a href="http://history.blogmura.com/" target="_blank"><img height="15" alt="にほんブログ村 歴史ブログへ" src="http://history.blogmura.com/img/history80_15.gif" width="80" /></a>  
]]>
      <![CDATA[<blockquote>　お彼岸という言葉は仏教用語ですが、日本各地のお彼岸の行事を見てみると、仏教とは関係がなさそうなお祭りやお祈りが数多く存在しています。
　そもそも、四季がはっきりしている日本は「暑さ寒さも彼岸まで」というように、お彼岸は季節の変化を感じる時期でもあります。大昔の人には、春にはその年の豊作を願い、秋には収穫を感謝するという自然信仰がありました。自然の神々に対する信仰と仏教の教えとが結びつき、千年以上にわたって日本人の生活の中にお彼岸が定着しているのです。
　ですから神道の場合も、お彼岸の過ごし方は仏教と同じ。祖霊舎（仏教でいう仏壇）をキレイにお掃除して、お墓参りをします。氏神様にお願いすれば、祝詞をあげていただくこともできます。神社でもお彼岸の中日（ちゅうにち）には神事が行われていることが多いですよ。（<a href="http://allabout.co.jp/family/funeral/closeup/CU20080312A/index2.htm">リンク</a>）</blockquote>

<span style="color:#FFFF00;">・</span>

<span style="color:#FFFF00;">・</span>
　
　そういえば靖国神社では毎年お盆の迎え火にあわせて「御霊祭り」を開催しています。夜ともなれば盆踊りが開催され、参道は夜店で賑わい、日頃マスコミがセンセーショナルに煽る姿とは全く異なる場が存在します。
<span style="color:#FFFF00;">・</span>
<span style="color:#FFFF00;">・</span>
<span style="color:#FFFF00;">・</span>
<img alt="%E3%81%BF%E3%81%9F%E3%81%BE.jpg" src="http://www.financial-j.net/blog/%E3%81%BF%E3%81%9F%E3%81%BE.jpg" width="285" height="189" />
靖国神社ＨＰより（<a href="http://www.yasukuni.or.jp/schedule/mitama.html">リンク</a>）
<span style="color:#FFFF00;">・</span>

<span style="color:#FFFF00;">・</span>

<span style="color:#FFFF00;">・</span>

<span style="color:#FFFF00;">・</span>

<span style="font-size:120%;"><strong>　日本人には脈々と受け継がれてきた、自然や祖先に対する感謝の気持ちをがあり、農耕のサイクルに合わせて豊作の願いや、収穫の喜びを祖霊や精霊とともに祝う習慣があった。それがたまたま仏教の行事に結びついたということなのでしょうか。</strong></span>]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>お盆と言えば、帰省。昔は「薮入り」と言う言葉が有りました。</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/08/000430.html" />
   <id>tag:bbs.jinruisi.net,2008:/blog//1.430</id>
   
   <published>2008-08-12T11:12:22Z</published>
   <updated>2008-08-15T08:23:05Z</updated>
   
   <summary>聞いたことがありますか？　 :m008: 薮入り（やぶいり） :m008: と言...</summary>
   <author>
      <name>koukei</name>
      
   </author>
         <category term="Ｅ 8　日本" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bbs.jinruisi.net/blog/">
      <![CDATA[聞いたことがありますか？　 :m008: 薮入り（やぶいり） :m008: と言う言葉

<blockquote>「薮入り」とは七月十六日（旧暦）の行事。もともと、嫁が実家に戻る事を「藪入り」といっていたが、江戸・元禄の頃から奉公人が主人から暇を貰って故郷に帰る事をいうようになった。
「薮入り」の語源は、藪の深い故郷に帰るからという説が一般的であるが、父を養う為に生家に戻るから「養父（やぶ）入り」という説もあるそうだ。</blockquote>

江戸時代、丁稚（でっち）と言って、子どもたちは１５歳前後から商家を選んで奉公（住み込みの働き）に出ていました。当時の奉公人たちは例年、お盆と正月の十六日には主人から小遣いをもらって、親もとへ帰ることができました。この休みを、「薮入り」と言いました。

丁稚奉公とは、商人の労働力確保の制度でありながら、一方で教育制度でもありました。

↓ポチットを先ず、お願いします。
<a href="http://blog.with2.net/link.php?556883" target="_blank"><img alt="ブログランキング・人気ブログランキングへ"src="http://bbs.jinruisi.net/blog/banner_04.gif" border="0" /></a> <a href="http://history.blogmura.com/" target="_blank"><img height="15" alt="にほんブログ村 歴史ブログへ" src="http://history.blogmura.com/img/history80_15.gif" width="80" /></a> ]]>
      <![CDATA[<img alt="hir-tr-b.jpg" src="http://bbs.jinruisi.net/blog/hir-tr-b.jpg" width="402" height="602" />

 :m270: 丁稚制度とは江戸時代から昭和時代までつづいた「商店主育成制度」です。

 :m270:<strong> 年齢10歳前後</strong>から、<strong>親元を離れて商店に住み込み</strong>です。衣食住付の無給制度です。こき使われます。仕事は多岐にわたり、早朝の掃除から夜の後片付けまでびっしり働かされます。しかし仕事終了後に、<span style="color:#ff3300;">読み書きそろばんを教えてもらえるなど、商人としての姿勢、基礎知識全てを教えてもらえる教育制度でもあります。</span>

 :m270: 貧しい家では、口減らしとして丁稚の出される事も有りました。
先輩からいじめられる事もあり、逃げ出したり、親元へ帰る子もいたらしい。

 :m270: 丁稚の勤続年数は約10年前後です。

 :m270: 二十歳前で、「手代見習い」となり、二十歳過ぎには一人前の「手代」と認められます。
閉店後は、自由時間となるので、大人の遊びも覚えだします。

 :m270: 番頭に昇進するは、30前後です。結婚も許されます。番頭になれば、暖簾分けと言って、自分の店を持たせてもらえる。しかし、激しい競争である大商店では百人以上の内から2～3人でけだそうです。

 :m270: また、上方の大商店では、長男には家を継がせず、丁稚から育った叩き上げの成長株を娘の婿にして、店を継がせたりましていました。丁稚たちの出世競争により、優秀な経営者を婿として選定する制度です。商店の繁栄と婚姻制に結びつけるユニークな制度です。血族の長男に店を継がせる事をせず、外部から優秀人材（婿）を求めると言うのは、母系制民俗の名残を感じます。

 :m282:<span style="color:#ff3300;"> このような生産の中にある少年教育の場は、第二次大戦後のGHQの教育制度改革によって、義務教育制度が整備される事で消滅してしまいました。</span>
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>霊長類の群れ社会の進化（２）～霊長類を見る視点＜後編＞</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/08/000424.html" />
   <id>tag:bbs.jinruisi.net,2008:/blog//1.424</id>
   
   <published>2008-08-10T12:44:56Z</published>
   <updated>2008-08-11T16:57:23Z</updated>
   
   <summary>『霊長類を見る視点＜前編＞』に続いて、後編をお届けします。 前編では、 　　　◆...</summary>
   <author>
      <name>sachiare</name>
      
   </author>
         <category term="Ａ　人類の起源を探る" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bbs.jinruisi.net/blog/">
      <![CDATA[<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/08/000422.html" Target="_blank">『霊長類を見る視点＜前編＞』</a>に続いて、後編をお届けします。

前編では、
　　　<span style="color:#ff3300;"><strong>◆置かれた外圧状況を把握する</strong></span>　を紹介しました。

後編では、
　　　<span style="color:#ff3300;"><strong>◆群れ社会の進化を塗り重ね構造として捉える</strong></span>　を紹介します。

　↓↓応援よろしくお願いします :m208:  :m208: 
<a href="http://blog.with2.net/link.php?556883" target="_blank"><img alt="ブログランキング・人気ブログランキングへ"src="http://bbs.jinruisi.net/blog/banner_04.gif" border="0" /></a> <a href="http://history.blogmura.com/" target="_blank"><img height="15" alt="にほんブログ村 歴史ブログへ" src="http://history.blogmura.com/img/history80_15.gif" width="80" /></a>]]>
      <![CDATA[<span style="color:#000080;"><strong>【群れ社会の進化を塗り重ね構造として捉える】</strong></span>

<blockquote><Font Color=#353535>生きとし生けるものは、全て外圧（外部世界）に対する適応態として存在している。<Br>
　　（中略）<Br>　
歴史的に形成されてきた存在は（＝進化を重ねてきた存在は）、生物集団であれ人間集団であれ、全て始原実現体の上に次々と新実現体が積み重ねられた、<strong>進化積層体</strong>（or <strong>塗り重ね構造体</strong>）である。<Br>
<Br>
るいネット<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=100&c=0&t=0" Target="_blank">『実現論』</a>～<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=100&c=1&t=1" Target="_blank">イ.可能性への収束＝統合</a>より引用</Font></blockquote>

この認識は、人類、霊長類に限らず、あらゆる生物の進化を考える上で、なくてはならない認識だと思います。

新しい群れの成立構造は、それまでの群れの成立構造を内包する。あるいは、ある段階の群れには次代の群れの成立構造の萌芽が存在する、とも言えます。原猿から真猿の各段階の群れの成り立ち・仕組み・統合原理などを比較検討することで、どのように群れ社会が進化してきたか？何が塗り重ねられてきたのか？を追求できるのではないかと思っています。

次に霊長類の分類と概略の進化系統樹を紹介します。

　<strong><span style="color:#000080;">＜現生の霊長類の分類＞</span></strong>
<TABLE cellPadding=5 width="65%" align=center bgColor=white border=0 CELLESPACING="0">

<TBODY>

<TR bgColor=#457a53 Height="25">

<TH noWrap><FONT size=-1 color=white> 目</FONT></TH>

<TH noWrap><FONT size=-1 color=white>亜目</FONT></TH>

<TH noWrap><FONT size=-1 color=white>下目</FONT></TH>

<TH noWrap><FONT size=-1 color=white>上科</FONT></TH>

<TH noWrap><FONT size=-1 color=white>科</FONT></TH>

<TH noWrap><FONT size=-1 color=white>属</FONT></TH></TR>

<TR bgColor=#d9e6d9 Height="25">

<TD noWrap rowSpan=11><FONT size=-2>霊長目</FONT></TD>

<TD noWrap rowSpan=5><FONT size=-2>原猿亜目</FONT></TD>

<TD noWrap rowSpan=3><FONT size=-2>キツネザル下目</FONT></TD>

<TD noWrap rowSpan=2><FONT size=-2>キツネザル上科</FONT></TD>

<TD noWrap><FONT size=-2>キツネザル科</FONT></TD>

<TD noWrap><FONT size=-2>キツネザル、ハイイロキツネザルなど</FONT></TD></TR>

<TR bgColor=#d9e6d9 Height="25">

<TD noWrap><FONT size=-2>インドリ科
</FONT></TD>

<TD noWrap><FONT size=-2>インドリ、シフアカなど</FONT></TD></TR>

<TR bgColor=#d9e6d9 Height="30">

<TD noWrap><FONT size=-2>アイアイ上科</FONT></TD>

<TD noWrap><FONT size=-2>アイアイ科
</FONT></TD>

<TD noWrap><FONT size=-2>アイアイ</FONT></TD></TR>

<TR bgColor=#d9e6d9 Height="25">

<TD noWrap><FONT size=-2>ロリス下目</FONT></TD>

<TD noWrap><FONT size=-2>ロリス上科</FONT></TD>

<TD noWrap><FONT size=-2>ロリス科
</FONT></TD>

<TD noWrap><FONT size=-2>ロリス、ポットー、ガラゴなど</FONT></TD></TR>

<TR bgColor=#d9e6d9 Height="25">

<TD noWrap><FONT size=-2>メガネザル下目</FONT></TD>

<TD noWrap><FONT size=-2>メガネザル上科</FONT></TD>

<TD noWrap><FONT size=-2>メガネザル科</FONT></TD>

<TD noWrap><FONT size=-2>メガネザル</FONT></TD></TR>

<TR bgColor=#d9e6d9 Height="25">

<TD noWrap rowSpan=6><FONT size=-2>真猿亜目</FONT></TD>

<TD noWrap rowSpan=2><FONT size=-2>広鼻下目</FONT><BR><FONT color=red size=-2>　（中南米）</FONT></TD>

<TD noWrap rowSpan=2><FONT size=-2>オマキザル上科</FONT></TD>

<TD noWrap><FONT size=-2>オマキザル科
</FONT></TD>

<TD noWrap><FONT size=-2>オマキザル、リスザル、クモザル、ホエザルなど</FONT></TD></TR>

<TR bgColor=#d9e6d9 Height="25">

<TD noWrap><FONT size=-2>キヌザル科</FONT><BR><FONT size=-2>（マーモセット科）</FONT></TD>

<TD noWrap><FONT size=-2>マーモセット、タマリンなど</FONT></TD></TR>

<TR bgColor=#d9e6d9 Height="25">

<TD noWrap rowSpan=4><FONT size=-2>狭鼻下目</FONT><BR><FONT color=red size=-2>　（アフリカ）<BR>　（アジア）</FONT></TD>

<TD noWrap><FONT size=-2>オナガザル上科</FONT></TD>

<TD noWrap><FONT size=-2>オナガザル科
</FONT></TD>

<TD noWrap><FONT size=-2>マカカ、ヒヒ、ゲラダヒヒ、コロブスなど</FONT></TD></TR>

<TR bgColor=#d9e6d9 Height="25">

<TD noWrap rowSpan=3><FONT size=-2><B>ヒト上科</B></FONT></TD>

<TD noWrap><FONT size=-2>テナガザル科
</FONT></TD>

<TD noWrap><FONT size=-2>テナガザル、フクロテナガザル　　　　　</FONT><FONT color=red size=-2>（類人猿）</FONT></TD></TR>

<TR bgColor=#d9e6d9 Height="25">

<TD noWrap><FONT size=-2>オランウータン科
</FONT></TD>

<TD noWrap><FONT size=-2>オランウータン、チンパンジー、ゴリラ　</FONT><FONT color=red size=-2>（類人猿）</FONT></TD></TR>

<TR bgColor=#d9e6d9 Height="25">

<TD noWrap><FONT size=-2><B>ヒト科</B></FONT></TD>

<TD noWrap><FONT size=-2><B>ヒト</B></FONT></TD></TR></TBODY></TABLE>

<TABLE cellPadding=0 width="65%" align=center border=0 CELLESPACING="0">

<TBODY>

<TR>

<TD noWrap align=middle><FONT size=-1>【人類の学名】脊椎動物門・哺乳綱・霊長目・ヒト科・ヒト属・サピエンス種・サピエンス
<span style="color:#7f7f7f;">上記表は、<a href="http://www2s.biglobe.ne.jp/~t_tajima/sekaisi.htm" Target="_blank">『理解する世界史』</a>さん：理解する世界史／<a href="http://www2s.biglobe.ne.jp/~t_tajima/nenpyo-1/se-0-5.htm" Target="_blank">霊長類の誕生</a>からお借りしました</span></FONT></TD></TR></TBODY></TABLE>


　<span style="color:#000080;"><strong>＜霊長類の進化系統樹＞</strong></span>
<img alt="%E9%9C%8A%E9%95%B7%E9%A1%9E%E3%81%AE%E9%80%B2%E5%8C%96%E7%B3%BB%E7%B5%B1%E6%A8%B9.jpg" src="http://bbs.jinruisi.net/blog/%E9%9C%8A%E9%95%B7%E9%A1%9E%E3%81%AE%E9%80%B2%E5%8C%96%E7%B3%BB%E7%B5%B1%E6%A8%B9.jpg" width="450" height="403" />

この系統樹では表現されていませんが、実際には絶滅した多くの種が存在しています。より詳しい霊長類の系統樹を知りたい方はこちら⇒霊長類研究所<a href="http://www.pri.kyoto-u.ac.jp/shinka/keitou/jyu/s-jyu.html" Target="_blank">「霊長類の進化とその系統樹」</a>


進化系統樹の“赤のライン”は、「原猿→真猿→人類・チンパンジー共通祖先→人類へと至る進化の系統」を示しています。各段階でそれまでの本能や機能を下敷きにし、それに新たな機能が先端的に塗り重ねられる形で進化してきました。

注意が必要なのは、進化系統樹の“グレーのライン”は「人類と異なる別の系統（別の種）」だということです。この系統上の進化は人類進化には直結しなません。

例えば、人類はチンパンジーとの共通祖先と枝分かれ後、共認機能を発達させ観念機能（言葉や道具など）を獲得しました。同様にチンパンジーも人類との共通祖先から枝分かれ後、さまざまな機能を獲得したはずですが、それらは人類進化とは直結しません。また、ゴリラ、テナガザルやオランウータンは更にその前に枝分かれした別の種なので、現生するゴリラ、テナガザル、オランウータン等の集団から直接初期人類を繋げて考えてしまうのは誤りです。

では、共通祖先はすでに存在しない現在、現生の霊長類からどうやって進化の過程を追求するのか？
ここで活きてくるのが「進化の塗り重ね構造」という認識です。

例えば、人類と現生するチンパンジーとの間で共通の群れ社会の統合原理があれば、それは共通祖先段階で獲得したものだと推測することが出来ます。進化の隣人と言われるチンパンジーや、その他の現生霊長類の群れ社会の成り立ち・仕組み・統合原理などを考えることは、原猿、真猿一般や人類・チンパンジーの共通祖先の姿を類推する上で有効だと思います。


<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/08/000422.html" Target="_blank">『霊長類を見る視点＜前編＞』</a>、『霊長類を見る視点＜後編＞』では、

　　<span style="color:#ff3300;"><strong>◆置かれた外圧状況を把握する</strong></span>
　　<span style="color:#ff3300;"><strong>◆群れ社会の進化を塗り重ね構造として捉える</strong></span>

という視点・認識を紹介しました。この視点・認識をうまく活かして、霊長類の群れ社会がどのように形成されてきたのか？その仕組みは何か？などを考えてみたいと思っています。（さいこう）]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>霊長類の群れ社会の進化（１）～霊長類を見る視点＜前編＞</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/08/000422.html" />
   <id>tag:bbs.jinruisi.net,2008:/blog//1.422</id>
   
   <published>2008-08-09T14:02:14Z</published>
   <updated>2008-08-10T13:10:15Z</updated>
   
   <summary>　　『哺乳類の群れ社会の原型は、メス（母親）とその娘を核にした母系的な結びつき』...</summary>
   <author>
      <name>sachiare</name>
      
   </author>
         <category term="Ａ　人類の起源を探る" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bbs.jinruisi.net/blog/">
      <![CDATA[　　<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/06/000403.html" Target="_blank">『哺乳類の群れ社会の原型は、メス（母親）とその娘を核にした母系的な結びつき』</a>
　　<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/07/000416.html" Target="_blank">『哺乳類　メス同士の結びつきから群れ社会が生じた必然性』</a>
では、<span style="color:#FF8C00;"><strong>「哺乳類はメス同士の結びつきから群れ社会が生じた」</strong></span>事例や必然性を見てきましたが、今回から霊長類の群れ（集団）の形成過程を見ていきます。

霊長類の群れ社会の進化をたどっていくのに、霊長類学の成果を参考に進めていきます。ただし、『霊長類学の家族の起源』シリーズ<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/04/000382.html" Target="_blank">（１）</a> <a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/05/000386.html" Target="_blank">（２）</a> <a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/05/000387.html" Target="_blank">（３）</a> <a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/05/000397.html" Target="_blank">（４）</a>で紹介されたように、現在の霊長類学の学説はスッキリと論理整合しません。そこには、<strong>「逆境⇒どうする？⇒新機能獲得⇒最先端機能に収束することによって個体も集団も統合される　という生物進化の論理がない」</strong>のが、決定的な弱点ではないかと思われます。

そこで、本ブログでは、次の視点で霊長類の群れ社会の進化を見ていこうと思います。

　　　<strong><span style="color:#ff3300;">◆置かれた外圧状況を把握する</span></strong>
　　　<strong><span style="color:#ff3300;">◆群れ社会の進化を塗り重ね構造として捉える</span></strong>

もともと生物の群れ（集団）は外圧に適応するために形成されたものです。この群れ（集団）の成立構造の進化を原猿から真猿へとたどり、初期人類の集団がどのようなものだったのか？に迫る足がかりにしたいと思います。

今回は、その取っ掛かりとして、霊長類を見る視点を整理してみます。

　↓↓応援よろしくお願いします :m208:  :m208: 
<a href="http://blog.with2.net/link.php?556883" target="_blank"><img alt="ブログランキング・人気ブログランキングへ"src="http://bbs.jinruisi.net/blog/banner_04.gif" border="0" /></a> <a href="http://history.blogmura.com/" target="_blank"><img height="15" alt="にほんブログ村 歴史ブログへ" src="http://history.blogmura.com/img/history80_15.gif" width="80" /></a>]]>
      <![CDATA[ <span style="color:#000080;"><strong>【置かれた外圧状況を把握する】</strong></span>

霊長類の群れ社会を考える上で、霊長類学の成果・観察記録を参考にすることが不可欠ですが、それには次の認識が重要です。

<blockquote><Font Color=#353535>真猿たちが、現在見られる様な比較的安定した棲み分け分布を示す様になる前は、<strong><span style="color:#FF8C00;">新たに登場した真猿他種（強種）との間で、激しい種間闘争</span></strong>が繰り拡げられたでしょう。チンパンジーやゴリラやハヌマンやニホンザル（その他、比較的大型化した真猿たち）は、夫々の棲息域で勝ち抜いて他種を圧倒した制覇種だと考えられます。<Br> 
<Br>
その様に制覇種が決まると、次は<strong><span style="color:#FF8C00;">同種間の同類闘争</span></strong>となります。同種間の場合、体力etcが基本的には同じなので、この同類闘争は延々と続きますが、その闘争圧力は種間闘争よりは弱く、<strong><span style="color:#FF8C00;">一種の安定化に向かう流れ</span></strong>と捉えることも出来ます。その流れの中で、ある特殊条件（小島や小半島あるいは人類の繁殖によって分断され閉鎖されたことによる生息域の小地域化）が満たされた場合、極端に闘争圧力が衰弱し、安定化した少数の群れが出現します。<Br> 
<Br>
本来、これらの真猿制覇種たちは、夫々に広大な地域で森林という森林を埋め尽くして同類闘争を闘っており、群れも縄張りも絶えず入れ変わります。これは、群れの新陳代謝と云っても良いくらいに流動的です。しかし、小島や小半島あるいは人類の繁殖によって分断され閉鎖された小地域では、この群れ＝縄張りの流動性が小さくなり、いつも同じ敵集団とのニラミ合いという状態が、恒常化してゆきます。<Br> 
<Br>
通常、戦闘行為（肉弾戦）は一日or数日で決着がつきますが、同じ相手とのニラミ合いが長期化すると兵士たちに厭戦気分が拡がって肉弾戦を回避しようとする様になり、互いに威嚇し合うだけの形式化された闘争に変わってゆきます（現在の多くのチンパンジーやニホンザルは、この状態にあります）。更に上記の如く閉鎖された小地域の様に、その様な状態が極めて長期に恒常化すると、遂にはニラミ合いさえ怪しくなり、同類闘争の圧力が極度に衰弱して、闘争を率いる首雄の存在理由も無くなって終います。<Br> 
<Br>
この様な特殊閉鎖地域に見られる現象が、屋久島や下北半島のニホンザルであり、あるいは大河に挟まれた小地域に生息するボノボの生態です。この様に、<strong><span style="color:#FF8C00;">何を見るにしても歴史的に捉える視点が不可欠</span></strong>だと、思います。もし、その様な視点なしに、ある特殊地域の現状観察だけを大衆向けに発表すれば、殆どの素人は、ニホンザルやボノボは元々そうだったのだ（更には拡張して、サルにはボスは居ないのだ）と誤解して終います。（この点は、学者が大衆向けに何かを云う際に、深く留意して頂きたい点です。）<Br>
<Br>
るいネット<a href="http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=1811" Target="_blank">『同類闘争の安定化と衰弱の一般則』</a>より引用</Font></blockquote>

現在のサルは、樹上進出段階での種間闘争、そして制覇種となって以降の同類闘争を経て、比較的安定した棲み分け分布するに至った群れ（集団）です。したがって、野生でもあって現在の霊長類の群れを見て、昔からそうだったかのように捉えてしまうのでは錯覚です。

また、人間の手による森林破壊など霊長類が生息する環境が大きく変化している現在、群れの集団様式も大きく変化しているはずです。ましてや人工的な環境下や餌付けされた群れは、当然本来の姿とはいえません。

現在、観察される群れの集団様式に加えて、もともとの外圧状況（環境外圧、闘争外圧など）を考慮した上で、本来の群れ社会を推測することが必要になりそうです。

『霊長類を見る視点＜後編＞』に続きます・・・（さいこう）]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>日本婚姻史12　寄合婚～明治大正昭和～</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/08/000423.html" />
   <id>tag:bbs.jinruisi.net,2008:/blog//1.423</id>
   
   <published>2008-08-07T13:36:50Z</published>
   <updated>2008-08-09T12:06:11Z</updated>
   
   <summary>日本の婚姻制度（明治以降）が時代を追って投稿される予定とのことで、参考のため日本...</summary>
   <author>
      <name>okatti</name>
      
   </author>
         <category term="Ｅ 8　日本" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bbs.jinruisi.net/blog/">
      <![CDATA[<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/08/000420.html"target="_blank">日本の婚姻制度（明治以降）</a>が時代を追って投稿される予定とのことで、参考のため<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2007/08/000235.html"target="_blank">日本婚姻史11　嫁取婚～室町安土桃山江戸～</a>の続きをざくっと紹介します。いろんな角度からの豊富なレポートを期待しています。

<strong>一　寄合婚のめばえ</strong>

<strong>寄合婚というもの</strong>
寄合婚とは、母系型でも父系型でもなく、男女が平等な人格と権利をもって自由結合する個人型の一夫一婦制をいう。欧米ではすでに数世紀を経過した形態だが、日本では明治から萌芽が見られ、昭和憲法以来表面化の過程にある。
婿取式は氏族が保障し、嫁取式は家が保障し、寄合式は社会が保障することで結実するが、社会保障は欧米においてもいまだ完備にはほど遠い。

応援よろしく :m030: 　ｂｙ岡
<a href="http://blog.with2.net/link.php?556883" target="_blank" id="blog.with2"><img src="http://bbs.jinruisi.net/blog/banner_04.gif" border="0" alt="ブログランキング・人気ブログランキングへ"></a>　　<a href="http://history.blogmura.com/" target="_blank"><img height="15" alt="にほんブログ村 歴史ブログへ" src="http://history.blogmura.com/img/history80_15.gif" width="80" /></a>]]>
      <![CDATA[<strong>明治の一夫一婦主義</strong>
維新政府は全面的に西洋文明を受け入れ、明治6年（1873）には、福沢、津田、西、森などによって明六社が組織され、西洋近代思想を普及した。一夫一婦主義もその一つ。福沢諭吉は、両性の不平等を最も痛切に論難し、女性の独立と自由解放を主張した。「日本婦人論」「男女交際論」「女大学評論」などをあらわした。

一夫一婦主義は、戦国時代にキリシタンとともに移入され、女性と大衆の支持を得たが、鎖国とともに消滅した。それが維新によみがえり、特にプロテスタントの立場から説をなすものが多く出た。森有礼もその一人で、明六雑誌に「妻妾論」をのせ、「婚姻律案」を作り、自ら一夫一婦主義の結婚を行った。

当時の排妾、廃娼の論も、おなじ一夫一婦主義の現われであった。「女学雑誌」創刊、明治女学校創立も、ともに夫婦倫理が高唱された。湯目補高「欧米女権」、深間内基「男女同権論」、依田幸一「一夫一婦論」等も前後して出され、また植木枝盛によって鋭い家父長制批判もなされた。

憲法発布（1889年）の前後から、国粋主義が台頭し、素朴な婦人論は衰退し、近代的知性に支えられた浪漫主義文学、平民社の社会主義思想等がともに男女関係の革命を叫んだ。

<strong>女性のめざめ</strong>
女性文化は、平安女流のそれを最後として死滅していた。平安のそれは、貴族文化といわれるが、実は大化以前にさかのぼる女性祭祀の「言葉の文化」から来たものだった。平和と善言を愛し、あたたかで母性的で、汎神的な文化だった。それは表面では死滅していたが、庶民の間では息づき、明治時代に復活したのが、一葉・晶子の文学、らいてうの思想だったといえよう。

平塚らいてうが出現し、東天に日が昇り（その本質は母性愛だった）、一葉の自我の苦悶、晶子の自我の昂揚で黎明期は終わり、ここに女性の自我と家父長制との全面衝突が起こる。


<strong>二　寄合婚をはばむもの</strong>

<strong>明治憲法</strong>
明治憲法（ここでは主に民法）の特徴は、<span style="color:#6666ff;"><strong>家父長制の再編</strong></span>にあった。
はじめフランスの法学者ボアソナードが草案を起草した旧民法（明治23年）は、夫婦主義・個人主義の色が濃く、「わが古来の家族制」と相容れないとされ、その実施を無期延期とした。

明治初期は「家督制は未開の俗」と考えられていたが、いつのまにか「日本独自の神聖な家族制」になってしまい、とくに穂積八束、奥田義人らは、旧民法を非難すること甚だしく、この耶蘇的な小家族、男女が単なる情欲で寄り合う一夫一婦主義家族は、国家の基礎たるべき尊厳な家族制ではないと宣言した。

こうして、さらに新しい民法がドイツ法を取り入れ作られた（明治31年）。新民法には、家父長権が<strong><span style="color:#6666ff;">戸主権</span></strong>に継受され、多少の近代法がそれに加味された。
また<u>「家」は戸主と家族からなるとされ、戸主権は家族に対して居住指定権その他をもち、家族は戸主権に服従する義務があった</u>。

嫁取婚であるから、<u>女は嫁すれば戸主権、夫権に服した。夫権は強大で</u>、そこには「<strong><span style="color:#ff3300;">妻の無能力</span></strong>」が設定された。妻は自分の特有財産でさえ夫の許可なしには使用できない。夫の許可のない就職、営業は取り消され、借財も保証も訴訟行為も贈与や遺贈を受ける能力もないとされた。
離婚は事実上追い出し式で、姦淫罪では、夫は妻を処刑に追い込むことができたが、妻はできなかった。

<strong>良妻賢母主義の日本化</strong>
良妻賢母主義はヨーロッパから輸入されたもので、日本や中国のものではなかった。ヨーロッパの古代は、夫に従い、子に従うのが第一義とされていたが、中世以後は、キリスト教的一夫一婦主義が普及し、夫婦は主従ではなく、中世的な男女分業観を基礎とした同伴者であるとされた。良妻賢母主義はこの思想を基礎とした婦徳だった。

全国の女学校では、あげて良妻賢母主義を教育目標としたが、国粋派が登場してくる機運の中、儒教出身の女子型の女流教育家が輩出し、明治民法に呼応して、家父長制の婦道を宣伝した。


<strong>三　寄合婚へのあゆみ</strong>

<strong>昭和憲法</strong>
第二次世界大戦に敗戦し、「日本国憲法」が公布され、民法も刑法も改正された。
従来の「家」（家父長制）が廃されて、<strong><span style="color:#009933;">同権的な夫婦制</span></strong>（寄合婚）にかわった。すなわち「明治憲法」の家・戸主・家督相続等が全廃され、結婚・離婚も平等となり、その他妻や母のあらゆる無権利がのぞかれ、財産相続には妻が常に相続権をもち、緒子の相続も平等となった。
また結婚と同時に夫婦は新戸籍をつくるが、氏称は任意に両者のうちから選んでよく、従来の夫氏につく制度は滅びた。だから「父系制」は一応崩壊した。

以上、抜粋でした。
『日本婚姻史』は都市の最先端を追っているので、大多数の農村の有り様も明らかにしたいところですね。]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>日本の婚姻制度は、どのように変遷してきたのか？（江戸～明治～大正～昭和～平成）　明治編</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/08/000420.html" />
   <id>tag:bbs.jinruisi.net,2008:/blog//1.420</id>
   
   <published>2008-08-02T10:42:55Z</published>
   <updated>2008-08-02T10:59:22Z</updated>
   
   <summary>   「ボアソナード」　画像はウィキペディアよりお借りしました。 http://...</summary>
   <author>
      <name>bunchan</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bbs.jinruisi.net/blog/">
      <![CDATA[<img alt="Gustave_Boissonade.jpg" src="http://bbs.jinruisi.net/blog/Gustave_Boissonade.jpg" width="233" height="259" />  
「ボアソナード」　画像はウィキペディアよりお借りしました。
<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/07/000415.html#more">http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/07/000415.html#more</a>
に続いて、明治政府が男女関係にもたらした変化についてお送りします。

列強においつけ  :m003:  :m004: 
近代化を急ぐ明治政府は法律の制定を急ぎました。
明治政府は、お雇い外国人としてフランスよりボアソナードを招きました。
ボアソナードは日本に来る前はフランスのパリ大学の教授をしていました。
ところが、ボアソナード起草の民法に待ったをかけた「民法典論争」が起こったのです。
]]>
      <![CDATA[<a href="http://rokugou.cside.com/sub287hantihankai.htm">法典論争のこと１　　「民法出でて忠孝亡ぶ」</a>
<a href="http://rokugou.cside.com/sub288hantihankai.htm">法典論争のこと２　　法学士会の意見</a>より引用します。

<blockquote>「民法出でて忠孝亡ぶ」といったのは、諸兄諸姉ご存知のように、穂積八束（やつか）という人でした。

（中略）
ボアソナード原案は、二十年までには完成していたのですが、そのご元老院において審議が重ねられ、さらに初の帝国議会で審議され、いくたの修正、削除、加筆があって、やっと議会で可決成立を見たものでした。

　この間政府は、条約改正交渉との兼ね合いもあって、早期成立を望んでおり、そのために草案は公表せず、議会審議もできるだけ簡略にしたいという態度をとっていました。

　こういう政府の姿勢に対して、批判の声が上がったのはある意味で当然のことでした。二二年五月、法学士会（当時「法学士」の称号は、東京大学とその後身である帝国大学の法学部卒業生のみに与えられていた）は、「法典編纂に関する法学士会の意見」を発表して、法典成立を急ぐ政府を批判したのです。

　その要旨は、法典編纂事業は諸外国に見るように困難なもので、拙速は避け、草案を公表し、慎重に完成をまつべきであるとして、「唯其成功発布を急にせざらんことを希望する」というものでした。

　このように、法学士会の意見は、民法典はみんなの意見をよく聞いて慎重に編纂すべきであるというまことに穏当なものでありました。ただし、この正邪曲直を質す正論のたて糸には、こっそりと私利私欲のよこ糸も編み込まれていたのです。

　すなわち、法学士会の論文には、法典編纂慎重主義と同時に、いかにりっぱな法典を作っても「民情風俗」に合わないものは不可であるとする慣習法主義と、民法原案は外国人（暗にボアソナードのことを指す）の手になっているのはいかがなものかとするナショナリズムが周到に編み込まれていたのです。

　慣習法に力点を置くのは英法派、つまりは法学士会の育った東京大学＝帝国大学のホームグラウンドです。また、民法典は外国人が作ったものという主張は、おりから官民を問わず、澎湃として起こったナショナリズムをいたく刺激するものでした。</blockquote>

ボアソナードの起草した民法(旧民法）は、個人主義が謳われており、親族法と相続法を一体として捉える思考はありませんでした。
一方論争の末にできた明治民法（新民法）では「第4編 親族」と「第5編 相続」及びこれらの附属法を合わせて家族法の部分ががドイツ民法の第4編と第5編にほぼ対応するようになっています。
しかし、ボアソナードの起草した民法における「個人主義」の思想はしっかりと法律の中に入ったまま！！  穂積八束が批判した中身はそのまま残されているのです。  <span style="color:#ff3300;">何　故　か？</span>近代化を目指す日本政府にとって、この文章を入れておかねば西洋列強から近代国家として認めてもらえない事情があったと思われます。

政府の目的＝近代国家の仲間入り
でも個人主義は受け入れがたい。
でも近代国家扱いしてもらうには法律を制定そしてそこでは個人主義思想を入れておく必要あり・・・ジレンマですね？  :m199: 

論争自体は一体何のための論争だったの？という感じですが、要は近代国家と西洋から認められるような文言を入れる。でも、国内的には家を最小単位とした天皇中心主義の精神は保持したい。⇒世論的には愛国心をUPさせたい。  この二つの演出があると思われます。
家制度（＝儒教思想）なら上流階級の武家はすでに家制度になっているから日本人にも一定親しみはあるし抵抗は少ないだろう・・・と、法律として一般民衆に押し付けることで、だれもが私権を獲得しなければ生きていけない社会に一段階足を踏み入れることになっていきました。
それまでおおらかだった男女の性関係が戸主の財産相続とむすびつき、良妻賢母･貞操観念などの観念教育の効果もあいまって、次第に窮屈なものへとなっていくきっかけとなりました。

そして、明治時代以降、女性の立場は次のように変容していったのです。

<a href="http://www.rui.jp/message/18/11/95_b687.html">明治時代の女性について（１）</a>
<a href="http://www.rui.jp/message/18/12/01_8a84.html">明治時代の女性について（２）</a>
<a href="http://www.rui.jp/message/18/07/37_453f.html">専業主婦と性</a>
<a href="http://www.rui.jp/message/18/07/44_4762.html">専業主婦化→女性の劣化</a>


]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>初期人類は骨を食べていた！vol.６＜番外編＞</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/07/000418.html" />
   <id>tag:bbs.jinruisi.net,2008:/blog//1.418</id>
   
   <published>2008-07-25T06:06:36Z</published>
   <updated>2008-07-28T01:47:28Z</updated>
   
   <summary>＜初期人類は骨を食べていた vol.1 vol.2　vol.3　vol.4＞では...</summary>
   <author>
      <name>yidaki</name>
      
   </author>
         <category term="Ａ　人類の起源を探る" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bbs.jinruisi.net/blog/">
      <![CDATA[＜初期人類は骨を食べていた <a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/07/000406.html">vol.1</a> <a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/07/000407.html">vol.2</a>　<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/07/000409.html">vol.3</a>　<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/07/000412.html">vol.4</a>＞では、<span style="color:#6666ff;"><strong>初期人類の食性</strong></span>に関して、紹介させていただきました。そして＜<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/07/000417.html">vol.5</a>＞では、＜番外編＞として、「口と手連合仮説」を補足する意味で、霊長類の口と手の関係を、原猿や小さなサルの事例で紹介させていただきました。

<strong><span style="color:#6666ff;">今回は大型のサル、チンパンジーやゴリラやニホンザルなどでも口と手の形が、食性と関係しているのか</span></strong> :m050:   、<strong>『人はなぜ立ったのか？』『親指はなぜ太いのか－直立二足歩行の起源に迫る－』島泰三著</strong>より、紹介させて頂こうと思います。

外敵のいない樹上生活を手に入れたサルたちも、繁殖したことによって生存圧力は激化し、生き残る為、様々な樹上のニッチ見つけ進化を繰り広げています。今日もそんな<strong><span style="color:#ff3300;">サルたちの凄まじい可能性収束の痕跡</span></strong>を見ていこうと思います。

続きを読む前にぽちっとして、今回は人類史より遙かに昔の６５００万年の旅に出発してみてください。
 :m118:  :m118:  :m118:  :m118:  :m118: 
<a href="http://blog.with2.net/link.php?556883" target="_blank"><img alt="ブログランキング・人気ブログランキングへ"src="http://bbs.jinruisi.net/blog/banner_04.gif" border="0" /></a> <a href="http://history.blogmura.com/" target="_blank"><img height="15" alt="にほんブログ村 歴史ブログへ" src="http://history.blogmura.com/img/history80_15.gif" width="80" /></a> ]]>
      <![CDATA[<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%81%AE%E6%89%8B.html" onclick="window.open('http://bbs.jinruisi.net/blog/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%81%AE%E6%89%8B.html','popup','width=263,height=431,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://bbs.jinruisi.net/blog/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%81%AE%E6%89%8B-thumb.jpg" width="240" height="393" alt=""Align="right" /></a>
<span style="background:#C8FFFF"><strong>■ニホンザルの場合</strong></span>

右図のように、<span style="color:#6666ff;">ニホンザルの指は人の指によく似ています</span>。しかし<span style="color:#6666ff;">ニホンザルのオスには、大きな犬歯が牙のようにあります</span>。手は似てるけど、歯は違いますね。ニホンザルの指と歯の形も主食と関係しているのでしょうか :m052: 

<strong>＜季節に応じた食性＞</strong>
日本には四季があります。ニホンザルの食べ物は季節によってどんどん移り変わっていきます。<span style="color:#6666ff;">移り変わる食べ物を同じ歯と指で食べる</span>のだから、それは<span style="color:#6666ff;">万能の道具</span>になっているはずです。それが一見、人に似た普通の手の秘密なのだろうか :m052: 
<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%81%AE%E9%A3%9F%E6%80%A71.html" onclick="window.open('http://bbs.jinruisi.net/blog/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%81%AE%E9%A3%9F%E6%80%A71.html','popup','width=563,height=910,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://bbs.jinruisi.net/blog/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%81%AE%E9%A3%9F%E6%80%A7-thumb.jpg" width="200" height="322" alt="" /></a>
上図のように、バリエーションにとんでいます。さて共通点はあるのでしょうか :m052: 
よく見ていただくとわかると思いますが、小さいものが多いですよね。カキや栗は大きいけどニホンザルはイネやシイの実など小さな物を食べるのが得意なんです。<span style="color:#6666ff;">ニホンザルの親指の指先の骨は人間に比べるとややとがっていて、小さな食べ物をつまみとることができる</span>様になっているんです。
そして頑丈な歯は、小さな種子をガリガリかんだり、冬の固い木の芽をかじるのに適した歯になっているんです。
<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/%E3%83%81%E3%83%B3%E3%83%91%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%81%AE%E6%89%8B%EF%BC%922.html" onclick="window.open('http://bbs.jinruisi.net/blog/%E3%83%81%E3%83%B3%E3%83%91%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%81%AE%E6%89%8B%EF%BC%922.html','popup','width=268,height=376,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://bbs.jinruisi.net/blog/%E3%83%81%E3%83%B3%E3%83%91%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%81%AE%E6%89%8B%EF%BC%92-thumb.jpg" width="240" height="337" alt=""Align="right" /></a>


<span style="background:#C8FFFF"><strong>■チンパンジーの場合</strong></span>

<strong>＜チンパンジーの手＞</strong>
<span style="color:#6666ff;">チンパンジーの手は、人間の手と比べると、指の太さは2倍もありそうなほど太く、しかも長い</span>です。しかし<span style="color:#6666ff;">親指はずいぶん短い</span>んです。チンパンジーは足に比べると手が長くて、その長い手をいっぱいに伸ばして枝先の果実をとって食べます。指が長いのはそのためだとわかりますが、親指がこうまで短いのは何故なんでしょう :m052: 
その答えは、チンパンジーの住む環境にあります。チンパンジーの森の大木には様々なツルが縦横に橋を渡しています。チンパンジーたちはこの網の中を自由に移動していきます。ヒョウが住み、猛毒のコブラが何種類もいるチンパンジーの森では、この<span style="color:#6666ff;">ツルのネットワークは安全地帯</span>となっているのです。
<span style="color:#6666ff;">チンパンジーはこのツルに指先を引っ掛けて、するっとはずして先へ進みます。そのため移動において親指はあまり必要ではない</span>のです。

<strong>＜チンパンジーの歯＞</strong>
チンパンジーにはとがった犬歯があります。オレンジや夏みかんのような固い皮をむくとき、人間の手は不便で、ナイフとかで切れ込みを入れないと、固い皮をむくのは難しいですよね。
チンパンジーが食べるイロンボの果実の皮も固いため、チンパンジーたちはそのとがった犬歯を使い皮をむきます。<span style="color:#6666ff;">果実を食べるサルたちはみんな、とがった犬歯を持っている</span>んです。

<span style="color:#6666ff;">チンパンジーの歯と指の形は、その主食となる特別なツルの森の果実を食べるための道具</span>なのです。

<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/%E3%82%B4%E3%83%AA%E3%83%A9%E3%81%AE%E6%89%8B.html" onclick="window.open('http://bbs.jinruisi.net/blog/%E3%82%B4%E3%83%AA%E3%83%A9%E3%81%AE%E6%89%8B.html','popup','width=378,height=474,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://bbs.jinruisi.net/blog/%E3%82%B4%E3%83%AA%E3%83%A9%E3%81%AE%E6%89%8B-thumb.jpg" width="240" height="301" alt=""Align="right" /></a>

<strong><span style="background:#C8FFFF">■ゴリラの場合</span></strong>

チンパンジーと同じ仲間でも右図のように<span style="color:#6666ff;">ゴリラの手はグローブのよう</span>ですよね。ゴリラはやぶの中に座り込んで、あたりのツル（日本のヤエムグラのような植物）を引っ張って、口で皮をしごいてはツルの皮をまるめて食べます。<span style="color:#6666ff;">トゲのあるツルを引っ張り寄せるためには、グローブのような分厚い皮の手としっかり握る太い親指が大切な道具</span>になるのです。

先に紹介した<span style="color:#6666ff;">チンパンジーは枝先の果実を引き寄せて、熟したものをつまんで食べるので、親指でしっかり握る必要</span>がないのです。

<span style="color:#6666ff;">親指の太さは握り締める力の大きさを示している</span>のです。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

少し＜番外編＞が長くなってしまいましたが、霊長類において手と口が、つまり指の形と歯の形が主食を決定している事がわかっていただけたでしょうか :m052: 

<strong><span style="color:#ff3300;">島泰三さんの「口と手連合仮説」によって、初期人類は骨を食べていたことが実証されたのではないでしょうか</span></strong> :m051:  :m034: 

さて、いよいよ次回は、<span style="color:#ff3300;">直立二足歩行の謎</span>に迫ってみたいと思います。
<strong>骨を食べていた初期人類はなぜ直立二足歩行になっていったのか</strong> :m050: 
次回、好御期待ください :m027:  :m034: 



]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>初期人類は骨を食べていた！vol.５＜番外編＞</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/07/000417.html" />
   <id>tag:bbs.jinruisi.net,2008:/blog//1.417</id>
   
   <published>2008-07-24T13:58:16Z</published>
   <updated>2008-07-26T14:23:22Z</updated>
   
   <summary>＜初期人類は骨を食べていた vol.1 vol.2　vol.3　vol.4＞では...</summary>
   <author>
      <name>yidaki</name>
      
   </author>
         <category term="Ａ　人類の起源を探る" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bbs.jinruisi.net/blog/">
      <![CDATA[＜初期人類は骨を食べていた <a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/07/000406.html">vol.1</a> <a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/07/000407.html">vol.2</a>　<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/07/000409.html">vol.3</a>　<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/07/000412.html">vol.4</a>＞では、<strong><span style="color:#6666ff;">初期人類の食性</span></strong>に関して、紹介させていただきました。今回は＜番外編＞として「口と手連合仮説」を補足する意味で、<strong><span style="color:#6666ff;">他の霊長類の口と手の関係が、いかに食性と関係しているのか</span></strong> :m050: <strong>、『人はなぜ立ったのか？』『親指はなぜ太いのか－直立二足歩行の起源に迫る－』島泰三著</strong>より、様々な事例を紹介させて頂こうと思います。

外敵のいない樹上生活を手に入れたサルたちも、繁殖したことによって生存圧力は激化し、生き残る為、様々な樹上のニッチ見つけ進化を繰り広げています。今日はそんな<strong><span style="color:#ff3300;">サルたちの凄まじい可能性収束の痕跡</span></strong>を見ていこうと思います。

続きを読む前にぽちっとして、今回は人類史より遙かに昔の６５００万年の旅に出発してみてください。
 :m118:  :m118:  :m118:  :m118:  :m118: 
<a href="http://blog.with2.net/link.php?556883" target="_blank"><img alt="ブログランキング・人気ブログランキングへ"src="http://bbs.jinruisi.net/blog/banner_04.gif" border="0" /></a> <a href="http://history.blogmura.com/" target="_blank"><img height="15" alt="にほんブログ村 歴史ブログへ" src="http://history.blogmura.com/img/history80_15.gif" width="80" /></a> ]]>
      <![CDATA[<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%81%AE%E6%89%8B.html" onclick="window.open('http://bbs.jinruisi.net/blog/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%81%AE%E6%89%8B.html','popup','width=342,height=945,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://bbs.jinruisi.net/blog/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%81%AE%E6%89%8B-thumb.jpg" width="205" height="566" alt=""Align="right" /></a>

<strong><span style="background:#C8FFFF">■アイアイの場合</span></strong>

アイアイは、ビワの実ほどの大きさのラミーの果実をもぎとって、果肉をかじり、はぎとり、クルミほどの大きさの種子の固いからを、頑丈な歯で削り穴を開け、その穴に細い中指を差し込んで、梅干の天神様にあたる「仁」をすくい取って食べます。

なんと、<span style="color:#6666ff;">果実を捨てて、わざわざ種子の固いからを削って、その中の小さな食べ物をかき出して食べる</span>んです。
な、なんでまたこんな食べにくいものを・・・・ :m052: 

<strong>＜アイアイの口＞</strong>
下図の<span style="color:#6666ff;">アイアイのとても頑丈な、伸び続ける歯は、このラミーの種子の殻を削り、穴を開ける為の道具</span>なんです。
またアイアイの歯には驚異的な特徴があります。
下あごのとがった前歯（切歯）が左右別々に動くんです。種子のからを削るのは片方の歯だけでやって、その割れ目に両方の歯をそろえて入れて、からの一部をポンと開いて穴をつくるのです。

固い物を削る為には、刃先が薄く鋭い刃物の方が楽だけど、力をかける為には厚くなければ折れてしまいます。
<span style="color:#6666ff;">アイアイは「削る事」と「割り開ける事」という、別の作業をひとつの口で出来る</span>のです。

<strong>＜アイアイの手＞</strong>
ラミーのからに穴を開けたからといっても中身を取り出すのは至難の技です。
そこで登場するのが、アイアイの手ですが、右図を見ていただくとわかるように、幅１ミリほどの爪がついた<span style="color:#6666ff;">アイアイの中指の根もとには、指が回転できる関節ある</span>んです。ちょうど人間の肩の関節のようになっているのです。

<span style="color:#6666ff;">アイアイの太い親指は、歯で削る時に小さな種をしっかりと固定する役割</span>を果たしています。
<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%81%AE%E5%8F%A3.html" onclick="window.open('http://bbs.jinruisi.net/blog/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%81%AE%E5%8F%A3.html','popup','width=832,height=434,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://bbs.jinruisi.net/blog/%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%81%AE%E5%8F%A3-thumb.jpg" width="450" height="234" alt="" /></a>




<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%9C%E3%81%AE%E6%89%8B.html" onclick="window.open('http://bbs.jinruisi.net/blog/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%9C%E3%81%AE%E6%89%8B.html','popup','width=240,height=210,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://bbs.jinruisi.net/blog/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%9C%E3%81%AE%E6%89%8B-thumb.jpg" width="240" height="210"alt=""Align="right" /></a> 

<strong><span style="background:#C8FFFF">■アンワンティボの場合</span></strong>

<strong><span style="color:#ff3300;">さて問題です。アンワンティボのこの手を見て、どんな主食だかわかりますか </span></strong>:m052: 
<span style="color:#009933;">ヒント：アンワンティボは体長３０ｃｍ、体重４００ｇ、手の大きさは５ｃｍ。握りしめるものの大きさは、最大で直径２ｃｍです。さてなんでしょう :m052: </span>

<span style="color:#ff3300;">正解は「毛虫」でした。</span>
アンワンティボは毛虫を食べる為に、毛虫の体を両手で１０～２０秒マッサージします。<span style="color:#6666ff;">アンワンティボの向き合った２つの突起は、毛虫の毛をこそぎ取る道具</span>なのです。そして<span style="color:#6666ff;">きゃしゃなあごのわりに大きな臼歯はゴム質の皮をかみ破る道具</span>となっています。
他のサルたちも毛虫を食べますが、アンワンティボは他のサルたちがいやがる、毛がチカチカする毒のある毛虫を食べるのです。

<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%96%E3%82%B9%E3%81%AE%E6%89%8B1.html" onclick="window.open('http://bbs.jinruisi.net/blog/%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%96%E3%82%B9%E3%81%AE%E6%89%8B1.html','popup','width=267,height=344,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://bbs.jinruisi.net/blog/%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%96%E3%82%B9%E3%81%AE%E6%89%8B-thumb.jpg" width="267" height="344" alt=""Align="right" /></a>

<strong><span style="background:#C8FFFF">■コロブスの場合</span></strong>

右図を見ておわかりのように、その手は不思議で、<span style="color:#6666ff;">親指が「ちぎれた」ようなあと</span>しかありません。コロブスの名前は、ギリシャ語で「ちぎれた」という意味なんです。コロブスは、草や葉を食べる動物で、歯は大きくて丈夫で、胃や腸は複雑で長いため、大きなおなかをしています。
<strong><span style="color:#ff3300;">さて問題です。コロブスの主食が木の葉だというのはわかりましたが、なぜ親指がないのでしょう </span></strong>:m052: 
<span style="color:#009933;">ヒント：アビシニアコロブスは体重１０ｋｇで、手の大きさは１５ｃｍ。高い木の上で鹿やウサギのようにとび跳ねて、枝を引き寄せて木の葉を食べます。さて親指がないのはなんででしょう :m052: </span>

<span style="color:#ff3300;">正解は「枝を引き寄せるときに邪魔」になるからなんです。</span>果実を食べるサルたちは、熟した果実を選んで食べなければならないので、親指と他の指で枝をしっかりつかんで枝をひねって果実を探します。しかし、木の葉を食べるときには枝を引き寄せるだけでいい。<span style="color:#6666ff;">親指はしっかりにぎりしめて、にぎった物を止めるための道具だから、枝先を引き寄せるだけの為には邪魔になる</span>のです。
密林の木々のいちばん高いところで木の葉を食べるコロブスたちにとっては、枝をひきよせる手には親指はないほうが都合がいいのです。

おそらくコロブスたちが住んでいる不安定な樹上では、飛び降りたり、ジャンプするときに枝やツルを<span style="color:#6666ff;">親指とか他の指でにぎりしめると、親指を骨折する</span>ことになります。他の指と向き合う親指で物を握ると、体の動きを止めてしまうことにもなります。こうしたことで「ちぎれた」ような親指になったと思われます。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

すいません :cry: 、一話で終わらせるはずの＜番外編＞だったのですが、ちょっと長くなってしまっています。

サルって外敵のいない樹上生活を手に入れたと思われていたかもしれませんが、実は<strong><span style="color:#ff3300;">樹上でも生存をめぐり、ニッチを見つけ出し、様々な生存競争が繰り広げられ、様々に進化ている</span></strong>事が少しお解りいただけたのではないかと思います。

ですが、おそらく、原猿や小さなサルはわかったけど、もっと普通のサルたちはどうなん :m052: って思われていると思います。チンパンジーとかゴリラとかは別じゃないの :m052: って・・・。

ということでvol,６では＜番外編２＞としてチンパンジーやゴリラをみてみたいと思います。

もうしばらく、<strong>直立二足歩行の謎</strong>については、お待ちいただいてお付き合いください  :m027:  :m034: 





]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>哺乳類　メス同士の結びつきから群れ社会が生じた必然性</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/07/000416.html" />
   <id>tag:bbs.jinruisi.net,2008:/blog//1.416</id>
   
   <published>2008-07-17T15:07:04Z</published>
   <updated>2008-07-18T09:21:15Z</updated>
   
   <summary>哺乳類の群れ社会の原型は、メス（母親）とその娘を核にした母系的な結びつき　で紹介...</summary>
   <author>
      <name>okatti</name>
      
   </author>
         <category term="Ａ　人類の起源を探る" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bbs.jinruisi.net/blog/">
      <![CDATA[<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/06/000403.html" target="_blank">哺乳類の群れ社会の原型は、メス（母親）とその娘を核にした母系的な結びつき</a>　で紹介されていたように、以下の論点は重要です。

＞<span style="color:#800080;">ペア型</span>は子どもの分散を前提に成立する社会であり、それ自体がひとつの完結系であるので、<span style="color:#800080;">集団化の諸端にはなりにくい</span>。哺乳類の群れ社会の主流は、<span style="color:#ff3300;">メスの血縁的な結びつき</span>から出発し、餌の量や分布、天敵の圧力といったさまざまな生態的条件と結びついて<span style="color:#ff3300;">複数のメス群が合流</span>し、その上に高い繁殖成功度を求めて<span style="color:#6666ff;">オスが加わり</span>、多様で複雑な群れ社会が構築されていった。

霊長類学では、<a href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/05/000386.html"target="_blank">霊長類学の家族の起源２　霊長類の社会構造</a>　にあるように、<span style="color:#800080;">ペア型から類人猿の群れへと進化</span>したと考えられており、哺乳類と異なっています。また<span style="color:#6666ff;">非母系</span>であることも、真猿の主流は母系集団なので特殊です。

類人猿の社会を検証するためにも、哺乳類の「メス同士の結合から群れ社会が生じた」必然性を見ておきたいと思います。『哺乳類の生物学４～社会』（三浦慎吾著、東京大学出版会　1998）より。

応援よろしく :m030: 　ｂｙ岡
<a href="http://blog.with2.net/link.php?556883" target="_blank" id="blog.with2"><img src="http://bbs.jinruisi.net/blog/banner_04.gif" border="0" alt="ブログランキング・人気ブログランキングへ"></a>　　<a href="http://history.blogmura.com/" target="_blank"><img height="15" alt="にほんブログ村 歴史ブログへ" src="http://history.blogmura.com/img/history80_15.gif" width="80" /></a>]]>
      <![CDATA[　*******************（以下、要約）********************
哺乳類の群れ社会の成立には、<span style="color:#6666ff;">分散</span>の問題が深く関係している。メスが生まれた子供を、性に関わりなくホームレンジ（行動圏）から外へはじき出せば群れ社会は成立しない。しかし、何らかの理由で分散が遅れたり、分散しないことになれば、群れ社会ができる土壌が生まれる。もともと<span style="color:#ff3300;">メス</span>には、生まれた土地にとどまる<span style="color:#ff3300;">定留性</span>（または残留性）が強く存在する。

それは何故か？オスとメスの適応度の違いに立ち返って考えてみよう。

メスの適応度は自分の子どもを直接産むことで実現される。繁殖には大きなコストがかかるから、産み出すことのできる子どもの数には限度がある。だから繁殖のチャンスがあれば確実に捉え、成功させていかなくてはならない。メスの繁殖の成否は、なんといってもエネルギーを供給するホームレンジの資源量（食物量）に影響されるだろう。従って、メスにとって最も大切なことは、豊かな資源をもつ土地と安定して継続的に結びつくこと、言い換えれば、<span style="color:#ff3300;">良好なホームレンジを確保し続けること</span>であろう。これが<span style="color:#ff3300;">メスの生活原理</span>である。

そこでもし、<span style="color:#ff3300;">資源が豊富に存在</span>し、複数の個体の生存を許容できるような条件が生まれるとすれば、どのようなことが起こるだろうか。
第一に、母親は自分のホームレンジに娘をとどまらせようとするだろう。遺伝子の一部を共有している娘を優遇することは自己の適応度の増加に確実につながるからである。第二に、娘もまた母親のホームレンジにとどまろうとするだろう。何故なら、母親のホームレンジは自分が生まれ育った、間違いなく実績ある土地だからである。
この二つの相乗効果によって、母親は娘と同じホームレンジを共有するようになる。やがて日常的な相互作用を通じて、<span style="color:#ff3300;">母親と娘との血縁的な結合（クラン）へと成長</span>していく。

これに対してオスは、もともと土地や資源との結びつきが希薄である。何故なら、これらはオスの繁殖成功には直接的に影響を与えないからである。
オスは、メスに比べると繁殖のコストがはるかに少なく、繰り返し何度でも繁殖に参加できる高い能力をもっている。オスの繁殖の成否は、交尾相手であるメスの数や交尾の回数に依存している。その意味で、<span style="color:#6666ff;">オスの適応度の源泉</span>は土地ではなく<span style="color:#6666ff;">メスにある</span>。

オスはより多くのメスを獲得し、交尾機会を増やすには、出生地を出て、新天地を求める必要がある。何故なら、出生地にとどまることは父親との競争が避けられない。特に若い個体にとっては、父親を排除できる力はない。同時に父親も誰であろうと若い競争者はできるだけ排除しようとする。

一方母親にとっては、息子を優遇することに利益はない。逆に資源の消費者であると同時に、交尾相手として近親交配の危険をはらむというマイナスさえある。このように、オスの子どもの分散は必然性があり、結果として母親との近親交配を回避することにもつながっている。

こうしてオスの子どもは、ほぼすべての哺乳類で、性的成熟に達する前後に、自分の出生地を切り捨てるように<span style="color:#6666ff;">長距離の分散</span>を行う。それは両親との対立を契機にしているというより、子ども自身の自立性、自発性にもとづく、適応度を高めるための旅のように見える。

群れ社会と単独社会の間には、その後の協同行動の展開という意味では大きな隔たりがあるが、ほんのわずかに過ぎない。それは、適応度の性差にもとづくメスの子どもの分散様式の違いに由来している。<span style="color:#ff3300;">メスの子どものホームレンジが母親のホームレンジと重なったり、隣接して確立される傾向が強い</span>ことは、群れ社会が成立する以前の単独性社会にも広く見られる。
<span style="color:#ff3300;"><strong>群れ社会の萌芽はすでに単独性社会の中に形成されている</strong></span>のである。
　*******************（要約おわり）********************

図式化すると以下のようになります。

単独―┬→母・娘同居―→複数の母・娘群合流―→さらにオス同居の群れへ
　　　 　└→ペア（完結系）

単独といっても授乳段階は母・子集団（生殖集団＝家族の起源）を形成しており、思春期になると子をはじき出す―→次に、子のうち息子だけをはじき出し、娘はそのまま残留すれば、母・娘集団が形成される。
確かにこの変化は、資源量の豊富さでスムースに移行できそうです。

一方、ペア型は父・母同居で、授乳段階は父・母＋子の集団で、思春期になれば子をはじき出す。はじき出された子は新たなペアを形成する。
これはかなり完結した形態ですね。

これから集団化、例えば娘だけを残留させれば、息子だけが分散し、いずれ息子の誰かがどこかの集団の父と交代する。
これは、ペア＝父・母の結びつきから―→集団化＝父・母の結びつき＋母・娘の結びつきの2つの結合軸が存在する集団に移行することになり、原理的に複雑化する、または中心が母・娘の結びつきに移行してしまう可能性があります。
やはり、ペア型からの集団化は困難を伴いそうです。

では、類人猿はこの困難をどう克服したのでしょうか？または本当にペア型から集団化したのでしょうか？再整理する必要があるようです。
]]>
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>日本の婚姻制度は、どのように変遷してきたのか？（江戸～明治～大正～昭和～平成）</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/07/000415.html" />
   <id>tag:bbs.jinruisi.net,2008:/blog//1.415</id>
   
   <published>2008-07-17T13:39:54Z</published>
   <updated>2008-07-19T10:27:25Z</updated>
   
   <summary> :m143: 江戸時代の大衆・農民は、若衆宿や娘宿があり夜這い婚による総偶婚だ...</summary>
   <author>
      <name>koukei</name>
      
   </author>
         <category term="Ｅ 8　日本" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://bbs.jinruisi.net/blog/">
      <![CDATA[ :m143: 江戸時代の大衆・農民は、若衆宿や娘宿があり夜這い婚による総偶婚だった。

が、明治からどのようにして現在の結婚様式に成ってきたのか？知っていますか？

 :m143: 意外と分かっていないので、仲間と話合ってみました。

今回を始めとして、数回のシリーズ予定で順を追って，追求してみたいと思います。

 :m143: ご期待ください。

↓ポチットお願いします。
<a href="http://blog.with2.net/link.php?556883" target="_blank"><img alt="ブログランキング・人気ブログランキングへ"src="http://bbs.jinruisi.net/blog/banner_04.gif" border="0" /></a> <a href="http://history.blogmura.com/in/073662.html" target="_blank"><img height="15" alt="にほんブログ村 歴史ブログへ" src="http://history.blogmura.com/img/history80_15.gif" width="80" /></a>
]]>
      <![CDATA[<img alt="prev_hiroshigetoons.jpg" src="http://bbs.jinruisi.net/blog/prev_hiroshigetoons.jpg" width="500" height="234" />

 :m147: 最初は江戸時代の婚姻制度です。江戸時代は、テレビの時代劇で放映されているので、現代と同じだと思いがちですが、本当は全く違っています。どう違っていたのでしょうか。

 :m147: 江戸時代は、士農工商の身分制度です。各層で婚姻制度が違っています。

 :m121:<span style="color:#ff3300;"><strong> 武士層（≒支配者層）</span></strong>　武士は厳格な一対婚です。儒教の影響を強く受けて、「藩主」に仕えて「家」を守る事を旨とした。結婚は、許婚や親が決めた相手と結婚します。家を継いでいく血族を大切する為にも、貞操観念も強くもっていた。

 :m122: <span style="color:#ff3300;"><strong>農民層（≒比率としては殆どの日本人）</span></strong>　地方ごとに変化はありますが、若者・娘は褌（ふんどし）祝、鉄漿（おはぐろ）の年頃になると、若衆宿や、娘宿に集まって男女が交流した。

夜這いも含めて決められたルールの中で、恋愛、性、そして結婚相手を決めるそして、その相手の承認は若衆宿が行い大人も追認する。結婚前の恋愛時代があり、貞操観念はほとんど無かった。

結婚は恋愛感情よりも現実生活であった。嫁は集団から働き手として貴重な労働力として期待され、将来の労働力・跡継ぎとなる子供を生んでくれる事も期待されて結婚した。

 :m123: <span style="color:#ff3300;"><strong>工商層（≒都市住民）</span></strong>元々は地方の田舎出身。ですから、田舎の夜這い文化を引き継いでる。（貞操観念は弱い）長屋の住民は大家の管理下で共同生活して、見合いや恋愛で結婚していた。

女性も職業を持っていて男と同等の権利を所有し、離婚の結構多かった。貞操観念は少ない。

しかし、金持ち商人は武家社会文化（一対婚、貞操観念）を高級文化として志向し、娘を武家に働きに出したりのした。

俯瞰すると江戸時代の婚姻制度は、
<span style="color:#ff3300;"> :m162: <strong><u>儒教文化からの一対婚（支配者層）</strong></u>と　 :m162: <strong><u>夜這い～総偶婚（大衆）</u></strong></span>の二重構造であったようです。

 :m149: その後、開放的な性文化（夜這い、若衆宿、娘宿）は，欧米人から非文化的であると非難されました。
近代化を目指した明治政府は、慌ててこの大衆の婚姻制度【夜這い～総偶婚】を消し去ろうとします。

  :m269:  次回に　つづく  :m270: 
]]>
   </content>
</entry>

</feed>
