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2007年12月08日

ボルネオ:プナン族の「夜這い」~ポーカカップ

『「>『ボルネオ:プナン族~熱帯雨林の採集・狩猟民族』に続いて、今回はプナン族の「ポーカカップ」を紹介します。

「ポーカカップ」って何??? ですよね。実は「ポーカカップ」とはプナン族の「夜這い」です。

このブログでは、たびたび「夜這い」が取上げられますが、日本では昭和30年代頃まで、残っていた村もあったといわれ、かつての共同体の若者たちにとっての婚姻規範(性規範)でした。「夜這い」は、日本だけでのもでなく『「摩梭人走婚」(モソ人の妻問い婚)2』『チベットでは夜這いも・・・』などもこれまで紹介されています。

プナン族の夜這い「ポーカカップ」について、ブログ【たんなるエスノグラファーの日記】さんの記事を紹介します。(文化人類学の奥野克巳氏のブログです。フィールドワークの話題たくさん。カテゴリー「性の人類学」もあり!)

このブログで紹介されているプナン族(西プナン)は、いまから40年ほど前に、ジャングルのなかで移動しながら、動物を狩り、植物を採集して生きるという暮らしから、部分的に、川沿いの村に住所をもち、稲作によって、米を生産するという生業を取り入れるようになった人々です。

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2007年12月02日

ボルネオ:プナン族~熱帯雨林の採集・狩猟民族

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東マレーシア・サラワク州(ボルネオ島)には、25を越える先住民が住んでいますが、そのほとんどが川沿いに集落をつくり、焼畑農業で生計をたてています。ところが、プナン族の中には狩猟と採集にたより熱帯雨林の中を移動を繰り返す生活を続けている人々もいるようです。

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<ボルネオ島の熱帯雨林>

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2007年11月17日

ヘヤー・インディアンの学習法~「よく観て、真似る」

厳しい自然環境の中で生きるヘヤー・インディアンにとって、狩猟や皮なめしの技術を習得することは、生きていく上で欠かせません。(ヘヤー・インディアンは、『ヘヤー・インディアンにおける「いのち」~共同体社会の生命観』『ヘヤー・インディアンの「テント仲間」』を参照ください)

そんな彼らに「誰から教えてもらったのか?」と聞きくと、「自分で出来るようになった」「自分で覚えた」と答えます。

ただし、これは、「誰かに教えてもらうことなく“自分”だけの力で出来るようになった」ということではないようです。どこかで誰かから学ぶことで習得しているのですが、そもそも彼らには“教える、教えられる”といった概念がないために、質問にうまく答えられないのかも知れません。

(“教える、教えられる”は、白人との接触の深かった個人や、学校教育を受けた人たちが理解しているに過ぎないようです)


では、彼らはどうやって学ぶのか?その秘密は、ヘヤー式の学習法“よく観て、真似る”にあるようです。

■ヘヤー・インディアンが暮らす地域を流れるマッケンジー河
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2007年09月09日

ニューギニアの3種類の塩

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1.トロブリアンド島やニューギニア島の海辺の人は直接海水を使う
パプアニューギニアの北東海岸にあるトロブリアンド島。ここでは主食のヤムイモを土器に入れて煮る時に、真水と海から汲んできた塩水を半々に割って、それで塩味をつけて煮ます。だからわざわざ塩を買ってくるとことはしない。
ニューギニ ア島の西半分、イリヤンジャヤの海辺の人も同様に海水を使います。

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2007年08月30日

塩味の民族学-しょっぱいはおいしい-

m064 ishige.jpg人間の生存にとってなくてはならない塩ですが、食塩という形で外部から補給するようになったのは、農業という重労働で汗をたくさんかくようになってからのようです。石毛直道国立民族学博物館名誉教授(農学博士:右写真)の塩味の民族学-しょっぱいはおいしい-講演会より紹介します。

動物の乳、肉、血から塩分を摂る民族
サルは塩なしで暮らしています。実は人間も、塩を知らない民族というのは世界中にたくさんいます。例えばアフリカの有名なマサイ族。彼らはウシを飼って、ウシの乳を飲んだり肉を食べている牧畜民ですが、塩を摂りません。必要な塩分はミルクから摂っているようです。

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2006年12月29日

アフリカ熱帯雨林地域に生きる狩猟採集民アカ(2)

%E3%82%A2%E3%82%AB.jpg『アフリカ熱帯雨林地域に生きる狩猟採集民アカ』の続きです。

アフリカ・コンゴに住む狩猟採集民アカは野生のヤムやナッツ、ハチミツ、イモムシなどを採集し、野生動物を罠や槍、ネットなどを利用して狩猟しています。農耕が開始される以前の生産様式である狩猟採集を続けるアカの社会には、集団の共同性・本源性を色濃く残しているようです。

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2006年12月09日

アフリカ熱帯雨林地域に生きる狩猟採集民アカ

掲示板のお題もある『採集生産と狩猟生産』について調べてみなした。現代の狩猟採集民、アフリカ熱帯雨林に居住するアカの狩猟採集の様子を紹介します。

アカは、コンゴ共和国北東部から中央アフリカ共和国、コンゴ民主共和国にかけて居住する狩猟採集民族で、1万5000-3万人程度と推定されています。血縁でつながる十数人から30人程度の集団を生活単位とし、一夫多妻制であるが、実際には一夫一妻の方が多ようです。

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2006年11月21日

日本における先土器時代(縄文以前)の集落について

 縄文以前の日本にはどのような人達が暮らしていたのだろう?

 先土器時代と呼ばれるこの時代、日本においてはナイフ形石器や細石刃を用いた人達が少なくとも約3万年前には生活していた(岩宿遺跡が有名)。

 彼らは当時地続きであったシベリアからマンモストナカイ等の大型獣を追ってやってきたらしい。なんか日本でもギャートルズのような世界が繰り広げられていたかと思うと感慨深いが、ゴン(ギャートルズの主人公)のように1家族だけが孤立して生活していたわけではない。

マンモー↓


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2006年10月26日

弓矢を手に入れた人類は、獲物を求め遠征!!


m090 樹上という楽園を手放さざるを得なかった人類は、それ以降ずっと極限的な飢えに晒され続けてきた Embarassed

しかし、約1万年前に弓矢を発明した人類は、小動物を狩るようになり、徐々にその飢えを克服するこになる m273

弓矢の発明とはまさに、人類史における大きな転換期であったと言えるだろう m033

今日は、弓矢を手に入れて以降の、人類のお話 m165

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2006年10月18日

弓矢を使っている人類の洞窟の壁画

ないとう@なんで屋です。

人類の地上進出 ~動物は畏れの対象から狩りの対象へ~

>弓矢の発明の起源は依然としてその年代の特定には至ってないようですが、「壁画」に描かれる弓矢の姿から、少なくともその時代に弓矢があったことが確認されているようです。
>現在、発見されている壁画で弓矢の表現が残されているものには、フランスのラスコー洞窟にあるものと、スペインのカステリョンの岩陰に描かれたものなどがあるそうです。

この頃の洞窟壁画は、スペインの切手で見ることができます。

◆アルタミラのバイソン◆約18,000年~10,000年前
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◆REMGIA洞窟 「狩猟」の壁画◆
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◆CINGLE洞窟 「弓矢を持つ人々」の壁画
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◆MORELLA洞窟 「戦争」の壁画
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2006年10月13日

シベリアの究極の狩猟具・細石刃

シベリアのマンモス・ステップ』の続き。
西アジアからアルタイ地方(西シベリア南部)に進出した5万年前の洞穴からは、マンモスの狩りをした証拠が見つかっていない。まだ他の動物の食い残しを密猟する段階。
ところがシベリアに進出する3万年前頃から、狩猟具と見なせる石器が、大量のマンモスの骨とともに各地で見つかるようになる。

2万4000年前のウスチコバ遺跡から出土した石器は、両側に鋭い刃の付いた槍先の形をしている。2万3000年前のマリタ遺跡からは、長さ32.9cmもあるマンモスの牙製の槍先が発見されている。石以外に骨などの素材を積極的に使い始めるのも、この時期の特徴である。

こうした道具の進歩の結果、2万1000年前頃に、究極の石製狩猟具・細石刃が生まれる。

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2006年10月12日

『弓矢』使用の痕跡は石鏃の有無でわかりそう

『弓矢の起源』についてあっちこっち調べてみました。
‘弓’のほうは弓本体も弦も植物製ということもあって、化石などはっきりした証拠が残り難いようです。
それに対して‘矢’のほうは先端に『石鏃』と呼ばれる石器が取付けてあり、これが出土すれば「弓矢を使用していた」証拠と見做されるようです。

%E7%9F%B3%E9%8F%83.jpg ←多様な石鏃のレプリカ
上の写真は『黒曜石の石鏃』というサイトから借用しました。

『石鏃』は黒曜石などで作られる小さく手の込んだ石器で、まるで「精密機械」のよう。
見るだけでも弓矢発明に向けて大幅に観念進化したであろうと想像できます。

2006年10月09日

シベリアのマンモス・ステップ

アメリカ原住民の婚姻制を紹介したが、彼らのルーツを辿っておきたい。彼らの祖先は、約10万年前アフリカを出た新人(ホモ・サピエンス)が、西アジアから北東のシベリア平原へ向かった北方モンゴロイド=採集・狩猟部族。(インドを通って東南アジアのスンダランドへ辿りついたのが南方モンゴロイド=採集・漁労部族。)
西アジアから西に向かったコーカソイドとモンゴロイドに別れたのは、約5~6万年前とされている。
新人の世界進出図 ←「日本人はるかな旅展」より

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