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2007年01月15日

セム系部族社会(2) 栽培の開始と香辛料

西アジアでは、1万年前には栽培が行われていた。人口増に対応して、採取だけでは食料が賄えなくなったのだろう。

yufurates.jpgコムギなどの穀物やマメ類の栽培(農業)は、限定された植物の収穫量を増やす一方で、食べる植物の種類を減らしてきたようにも思える。

採取される多種多様な小粒マメ類を採取していた時代から、栽培に適したソラマメ、エンドウマメ、レンズマメ、ヒヨコマメなどに集中するからだ。

(by石野)

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2006年10月24日

牧畜の始まりを探索する。

 人類の牧畜はいつどこで始まったのか。約一万年前、西アジアの三日月地帯が有力のようです。その時代の様子を 「森 m221 と人 Very Happy地球史」から紹介します m146 。そして、その理由は豊かな穀物と家畜(になる予定の草食動物)だけのの存在だけだったのか・・・・・・・・・・・・。


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2006年10月10日

狩猟と採集を分けないのが常識?

狩猟と採集という生産様式が区分されないのが現在の常識なのでしょうか?
メソポタミア地域で遊牧と農耕がほぼ同時期に発生しているのがその理由だとか。


 1万年ほど前この地で狩猟採集から脱して、遊牧・農耕という2つの農業様式がほぼ同時に発生している。そのためもあって西洋発の文明史論は、「農耕と牧畜といった二項対称の方法は、起源的にも社会構造的の視点からも、妥当なものとは考えられず、異質の2種類の構造類型として抽出することは不可能である」(ブリタニカ・電子ブック版「農耕文化」の項より)という立場を取っている。

 (考えればわかることだが)、「遊牧という生活手段は、それまで草原で狩猟を行ってきた民の発明であり、農耕は森の中で採集を行ってきた民の発明であって、もともとはそれぞれ別々に獲得してきた生活手段であり、たまたま中東においてこの2つの生活手段が並行して行われていたとしても、実際には異なった文化であったことは自明の理であり、それを一括に論じることは不自然ではないか。

中村忠之氏のサイトから引用

寒冷化、乾燥化によってそれまでの狩猟や採集といった生産様式では生きていけなくなり、狩猟部族は牧畜、さらには遊牧に、採集部族は農耕に向かって行ったのではないかと思います。
そして、それぞれの生産様式は明らかに生活域の違い、サバンナなのか、森なのか、がベースにあり、当然その環境に適応した生産様式に収束していたものと考えるのが自然だと感じます。

中村氏も指摘されているように、西欧人が自己中心的に作り上げた説が常識とされているのではないかと感じます。

(新川)

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