2008年05月04日
南インド ドラヴィド人:ナーヤルの母系社会~母系社会の変容と崩壊
『南インド ドラヴィド人:ナーヤルの母系社会~ヒンドゥー父系社会の中の母系社会』に続き、ナーヤルの母系社会のの変容・崩壊過程、その背景に迫ってみます。
アーリア人:ナンブーディリを頂点とする身分序列による私権社会体制の中で、数世紀にわたって機能してきたドラヴィド人:ナーヤルの<母系社会>は、イギリス支配下で大きく動揺し、最終的にインド独立後、1976年の「ケーララ合同家族制度(廃止)法」によって法的には消滅しました。
18世紀の終わりから他のインド同様ケーララが植民地としてイギリス支配下に入ると、ナーヤル<母系社会>を取り巻く状況は大きく変化しはじめます。
・政治的変化によって生じた急激な人口増加
・市場経済の導入による収入の増大
・ギリスが導入した近代的な司法制度により、サンバンダム婚(妻問い婚)は正式な結婚から除外される
・女性の「貞節」を重んじる西洋価値観の流入(逆に開かれた性に対する否定意識の発現)
・「核家族」という新しい家族像の浸透
など。
それらにより、ナーヤルの母系大家族:タラワードがどのように変容し崩壊していったのか?
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- by sachiare
- at 19:12
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まず次男以下の妻問い(夜這い)です。
by岡
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性器を包むペニスケース(ダニ語ではキオ)で有名なダニ族は、ニューギニア島中央のジャヤウイジャヤ山脈にあり、周りは3000m級の山に囲まれた幅15km、長さ60kmのバリエム盆地に住んでいる。

<母系社会を営むモソ人の食生活は自給自足である。僻地にあり豊かな土地でないとしても、それは集団としての当然のありようである。生活必需品を他集団とやり取りすること、交易に依存することはありえない。


雲南省の西北、四川省との省境に瀘沽湖という湖がある。この湖の周囲にモソ人と呼ばれる人々が住んでいる。母系社会を営む人々として、文化人類学的にも、観光地としても、よく知られた存在となっている。