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2008年08月14日

大正ロマンの「恋愛至上主義」  ~日本人は初めて「結婚」を「個人」の目的とした~

「恋愛」って言葉も、明治時代の輸入品 m021 「LOVE」の翻訳語です。
それまで、日本人は m021 「LOVE」を知らなかったのです。
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映画「タイタニック」からお借りしています。

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2008年08月12日

「薮入り」と言う言葉が有りました。">お盆と言えば、帰省。昔は「薮入り」と言う言葉が有りました。

聞いたことがありますか?  m008 薮入り(やぶいり) m008 と言う言葉

「薮入り」とは七月十六日(旧暦)の行事。もともと、嫁が実家に戻る事を「藪入り」といっていたが、江戸・元禄の頃から奉公人が主人から暇を貰って故郷に帰る事をいうようになった。 「薮入り」の語源は、藪の深い故郷に帰るからという説が一般的であるが、父を養う為に生家に戻るから「養父(やぶ)入り」という説もあるそうだ。

江戸時代、丁稚(でっち)と言って、子どもたちは15歳前後から商家を選んで奉公(住み込みの働き)に出ていました。当時の奉公人たちは例年、お盆と正月の十六日には主人から小遣いをもらって、親もとへ帰ることができました。この休みを、「薮入り」と言いました。

丁稚奉公とは、商人の労働力確保の制度でありながら、一方で教育制度でもありました。

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2008年08月07日

日本婚姻史12 寄合婚~明治大正昭和~

日本の婚姻制度(明治以降)が時代を追って投稿される予定とのことで、参考のため日本婚姻史11 嫁取婚~室町安土桃山江戸~の続きをざくっと紹介します。いろんな角度からの豊富なレポートを期待しています。

一 寄合婚のめばえ

寄合婚というもの
寄合婚とは、母系型でも父系型でもなく、男女が平等な人格と権利をもって自由結合する個人型の一夫一婦制をいう。欧米ではすでに数世紀を経過した形態だが、日本では明治から萌芽が見られ、昭和憲法以来表面化の過程にある。
婿取式は氏族が保障し、嫁取式は家が保障し、寄合式は社会が保障することで結実するが、社会保障は欧米においてもいまだ完備にはほど遠い。

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2008年07月17日

日本の婚姻制度は、どのように変遷してきたのか?(江戸~明治~大正~昭和~平成)

m143 江戸時代の大衆・農民は、若衆宿や娘宿があり夜這い婚による総偶婚だった。

が、明治からどのようにして現在の結婚様式に成ってきたのか?知っていますか?

m143 意外と分かっていないので、仲間と話合ってみました。

今回を始めとして、数回のシリーズ予定で順を追って,追求してみたいと思います。

m143 ご期待ください。

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2008年07月15日

沖縄に伝わる一人前の女性の資格行事

世界各地には一人前と認めてもらうための資格試験のような行事があちこちに存在しています。ただ、その多くは男性の為のものが多く、『勇者』 tikara としての資格試験が多いように思います。

今日は日本の沖縄に伝わる、女性の為の一人前の資格試験 m101 と思われる行事について紹介したいと思います。場所は沖縄の本島から離れた久高島と言うところに伝わる「いざいほう」と言う行事です。

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2008年05月21日

「来訪神信仰」~「外者歓待の思想」

m143 民間の習俗には、昔ながらの「神の嫁」の流れを示す生活があった。これが神社などの祭礼などに出てくる「一時上臈(いっときじょうろう)」とか「一夜官女(ひとよかんじょ)」とかいわれる女性である。 m143 大嘗祭(大嘗祭)のときに「五節の舞姫」が舞を舞う。これなども、おそらく儀式化し、形式化する以前は、宴会と舞姫と、まれびとの間に行われた、聖なる結婚を意味する物であったろう。

「性の民族史」池田弥三郎著より
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つまり、日本文化では、祭りの折に、神と聖なる結婚をする巫女を「一夜妻」と呼んだという文化があったと言う。

さらに書籍の中に、折口信夫氏の「まれびと論」と書かれてあり、少し調べてみました。

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2008年05月20日

人身御供としての女性を捧げた『一時上臈』

日本古来から伝わる神事などがそのまま尋常の生活にも入り込み、民衆の生活に息づいている慣わしはいろいろあります。しかし、その中にはもともとの意味合いがまったく異なる意味に変ってしまう場合もあります。たとえば「一夜妻」などはその典型事例で、もともとは神を迎える巫女を指した言葉だったものが、近世以来遊女を意味する言葉に変ってしまいました。

その一方で、「一時上臈(いっときじょうろう)」や「一夜官女(ひとよかんじょ)」といったもののように神の嫁としての流れを残し、今でも神社の祭礼に出てくるものもあります。

今日はそのうち「一時上臈」の祭りに注目し、そこでの男女の役割の変化についてみてみたいと思います。

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2008年04月24日

「子守り歌」は貧富の差がもたらした悲しい歌だった・・・

Very Happy 「京都の農村で村落共同体が、崩壊した時代。」http://bbs.jinruisi.net/blog/2008/03/000374.html koukeiさん
でも紹介されているように、村落共同体が明治以降に急激に崩壊していきました。
その背景には、市場の拡大があります。

次第に自給自足では生活が困難になった農家(小作人)は、労働力にならない m103 小さなを、農奉公として地主等家に雇って貰うしかない状況になりました。(もちろん男児も例外ではない)
の主な仕事は、赤ん坊の守りをする事で、身体も未成熟な子供が赤ん坊の面倒を見るという今では想像も付かない事だったのです。

その時代背景がもたらしたのが「子守り歌」です。

これまで「子守り歌」とは、優しく癒される様なイメージでしたが、歌詞の内容と史実を合わせてみると、とんでもなく辛く暗いものだった事を知りました。

Crying or Very Sad こういう現実を、歌で紛らわすしかなかったというのつらさが伝わってきます。


Smile 今日は、その子守り歌でもよく知られている「五木の子守歌」を紹介したいと思います。

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2008年04月22日

寝殿造りは、平安前・中期の母系制を考慮した平面だった。

ある本にあった記述に「寝殿造り」のプランニングについて、その意味を解いたものがあった。
それに興味が沸いたので、自らもその意味について調べてみた。

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(六条院復元模型)


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2008年04月21日

一夜官女祭り(悲話の伝説)・・・別の解釈

大阪の西端、西淀川区に鎮座する野里住吉神社において、毎年二月二十日に一夜官女の祭りを行っています。

この御祭は、若い娘が人身御供として神に奉げられる悲しい伝説に基づいていると言われています。
その内容とは、

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2008年04月01日

婚姻のならし運転!?「ケイコニヤル・カセイニヤル婚姻【長崎県対馬市】」

長崎県対馬市では、嫁入り前の「ならし運転」とも言える様な婚姻様式があったようです。(昭和25年ころのフィールドワークでの報告)
m021 ケイコニヤル婚姻
m020 カセイニヤル婚姻です。
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m116 対馬

近代(明治時代)以降、日本でも「結婚」というのが法制化されていきました。
もともと一般庶民は母系制ベースの婚姻形態であり、強制的に父系制に換えていくという事は、なかなか受け入れられるものではなかった・・・。

また、農村や地方ではそれが顕著で、つい最近まで独自な制度・慣習が残っていた事が、色々な書物で紹介されています。
改めてそれらの事象をみると当時の過渡期であることを意味し、母系という安心基盤から抜け、不安な空間でどう馴染んでいくか?(強制圧力をどうするか?)という試行錯誤の現れだったのでは無いでしょうか。

※そうであろう慣習の事例は、このブログでも紹介されてます。
m057 m058 「明治時代、日本の庶民である娘・若者達はデートをして相手を決めていた。」
m057 m058 「寝屋子制度(若者宿)」が残る答志島[三重県]


今日はその「ケイコニヤル・カセイニヤル婚姻」を紹介している「婚姻覚え書き」瀬川清子薯(昭和三十二年)から一部引用したいと思います。

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2008年03月25日

京都の農村で村落共同体が、崩壊した時代。

土地の『共同所有』とその構成員の『共同労働』に基づく」村落共同体が、明治以降に急激に崩壊してきた過程を多くの貴重な写真も含めて紹介しているサイトがありました。ご紹介します。

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2008年03月22日

【番】と【衆】

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日本の村落を調べていると、大きく東日本西日本で生活様式に伴って共同体のあり方そのものが異なることが分かりました。生活習慣や文化についても西と東で異なるものが数多くありますが、民俗学では、以下のように言われていたりします。 Cool

m027 東北日本は、双系的な同族制村落 m027
m027 西南日本は、父系的な年齢階梯制村落 m027

とのことです。一体どういう意味なのか? Shocked (東北日本と西南日本の境界線は続きでどうぞ) Very Happy
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2008年03月15日

「寝屋子制度(若者宿)」が残る答志島[三重県]

Shocked 三重県の伊勢市にうかぶ答志島には、「寝屋子制度(若者宿)」と言われる慣習が残されています。その歴史は古く、100年以上も前からあっと言われています。

答志島は離島の中でも良い漁場を持った漁業の町で、漁師町という共同社会の中では、人々が力を合わせないとなにもすることができなかった。
ましてや、昔は機械などなにもなくすべてを人力に頼らなければならなかった。

この様な背景から「寝屋子制度(若者宿)」が始まったと伝えられています。

Rolling Eyes では、その生活の様子やシステムはどうだったのか?を紹介したいと思います。

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<答志島>

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2008年03月14日

明治時代、日本の庶民である娘・若者達はデートをして相手を決めていた。

昭和10年に、九州長崎の西方100kmに浮かぶ五島の島々に,民俗学者の「瀬川清子」が訪れた。
そして、地元のおばあちゃんたちに、若い頃の「村の娘の結婚」について聞いている。

今から約120年位前だから、今の若者からすると4~5世代前の日本の娘たちである。

あなたも、当時の日本の「娘達の結婚」について、おばあちゃんの話に、耳を傾けてみませんか?

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2008年02月28日

かつて日本では、子供は神の子であった。

m005 昔の日本人は、子供をどのように認識していたのだろうか?

宮田登氏の『老人と子供の民俗学』(白水社、1996) では、「七歳までは神の子」と、当時の子供観を解説してる。 Shocked

どういう内容を紹介します。

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2008年02月27日

「ひな祭り」と「婚期」って関係あるの?

m230 m230 m230 3月3日は「ひなまつり」ですね。

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コンパクトになった雛飾り

世間では、ひな祭りを祝うための雛人形を飾ったり、各地で様々なイベントが行われていたりで、ちょっとしたお祭りムードの様です。また、それに便乗してあれやこれやの工夫も菓子メーカー等で繰り広げられています。

それはさておき、良く昔の人は
「3日を過ぎても雛飾り(人形)を片付けていないとお嫁に行けなくなる」
という話をしていました。皆さん聞いた事はありませんか?
私の家でも、良く姉がそう言うことを言われていたことを記憶しています。
(ちなみに姉は晩婚だったので、少し信じてしまいましたが・・・。)

本当にお嫁に行けなくなるのでは?と思ったことはありませんか?

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2008年02月26日

3月3日:桃の節句の意味とは

3月3日の m142 ひな祭り、桃の節句 m143 は、五節句の一つです。
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皆さん m161 五節句 m162 って知っていますか?

m284 江戸時代に、五節句を式日(儀式を執り行う日、祝日)として制定して庶民に広がったらしいのですが、何故 式日に決めたんでしょうか?

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2008年02月25日

桃の節句にはどんな意味があるのか

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(晃月人形HP「桃の節句は五節句のひとつ」より)

もうすぐ3月になりますね。3月3日には、女の子のいるご家庭ではお雛さまを飾って雛祭りをしますね。 Very Happy 今日は雛祭り桃の節句についてその由来を調べてみました。

桃の節句は端午の節句などと並んで5節句のひとつです。
もともとこれらは季節の変わり目で、奇数の重なる日(=奇数(陽)が重なると陰になるとしてそれを避けるための避邪の行事を行った)を取り出して、季節の旬の植物から生命力を貰い邪気を払う目的の為だったようです。つまりは女の子の為の祭りでも、男の子為の祭りでもなかったわけです。それがなぜ、3月3日は女の子の為の祭りになったのでしょうか。

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2008年02月02日

かかあ天下ってどういう意味なの!?

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Evil or Very Mad 妻が実権 tikara を握っていて、 Sad 夫が尻に敷かれている状態として 『かかあ天下』 って言葉があると思っていました。

例えば辞書にも、『妻の権力がつよくて、夫の頭があがらないこと』『広辞苑』
           『夫より妻のほうがいばっていること』『日本語大辞典』
となっている。

でも、そんな嫌な女性の姿ではなく、ちゃんと生活や地域に根ざした女性の姿や背景から生まれた言葉のようです。 Very Happy (いろんな説があるようですが...)

続きの前に、いつものポチっと宜しくです m118 Very Happy m118
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2008年02月01日

日本の男女は、どのようにして相手を見つけるの?

m132 晩婚や未婚が問題となり、どうすればよいのかが、少子化社会問題から端を発して議論されだしてきた。

50年前は、殆んどの男女が「お見合い」で結婚した。つまり、社会が相手を準備してくれたのだ。しかし、自由恋愛時代になって、夢の大恋愛の末に結婚する時代になるはずが、今や日本の社会は男女が結婚しない社会に向かって走り出している。その結果の少子化は、社会の存続が危ぶまれるところまで来ている。
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2008年01月31日

5000円札の女性肖像 誰だか知っていますか?

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【樋口一葉】日本の女流作家(1872-1896)樋口一葉の肖像は、日本銀行券としては女性で初めて紙幣の肖像に採用された。2004年11月1日より発行中の新五千円札に使用されている。

m057 5000円札に載っている日本初の婦人「樋口一葉」ですが、皆さん知っていますか?

m058 私は、昔の専業女流作家で「たけくらべ」を書いた程度しか知りませんでした。

m060 調べてみると、当時(大正時代)の世相~男女関係などが垣間見れます。

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2008年01月16日

結婚する日本人が、減少中!!

現代のような一夫一婦制の形態は、数ある形態の一つであり、その証拠に世界の民俗や昔の日本では、様々な婚姻形態があった。

その事を、色々な事実の提示で このm146 サイト m147 でも紹介してくれています。

現代の一夫一婦制=(一対婚)が不変であると言うことが勘違いである事が、データーによって示されています。

それは「未婚」と言う婚姻形態(?)が日本で急拡大している!と言う事実です。

つまり、ほとんどの人が「結婚」すると言う社会常識(≒規範)が、崩壊し始めていまるのです。 Shocked

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2008年01月14日

結婚適齢期ってなに?

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こんばんは。このサイトのことを人に話すと、「どうして『婚姻』とか『共同体』のことをテーマにしてるの?それを調べてどうするの?」とよく聞かれます。 m002

改めて言うまでもなく、現代の日本での婚姻様式は一夫一婦制ですね。でも、みんな実感している