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2007年01月25日

狩猟採集民アンダマン諸島人の子供の家族間移籍

バンドは、人間社会のうちで最も単純な種類の社会統合の形式であり、いくつかの家族集団が集まってできた、成員数がせいぜい50~70人程度の小さな自立した地域集団である。旧石器時代以来の社会形式とされ、狩猟採集民の間に根強く残っている。
このような非常に原始的な形態を持つアンダマン諸島人を、婚姻・育児(特に子供の移籍という面白い習慣)を中心に紹介したいと思います。(エルマン・R・サーヴィス著『民族の世界』原書1958年より)

アンダマン諸島はインド東部のベンガル湾に浮かぶインドに属する島々。アンダマン諸島人は小人ニグロ、いわゆるネグリート族で、フィリピン諸島、アフリカのコンゴ地方、ニューギニア高地、マレー半島奥地などの辺境地帯にいるネグリート族に似ている。アンダマン諸島人はかなり遠い昔に孤立したことで、ネグリート森林文化の最も純粋で、原初的な形態を保持している。
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●生産と社会
農耕を行わず、家畜も所有しない狩猟採集民。
森の最大の獲物はブタで、他にジャコウネコやオオトカゲ、ヘビ、ネズミが猟の対象。島人の大半は海岸か小川の近くに住み、豊富な海産物は重要な食糧資源。ジュゴン、カメ、魚、カニ、ザリガニや軟体動物など。猟に出れば野性のハチミツ探しに気を配る。女子供はキャンプの近くを歩き回って、根や果物や種子を採集する。

村は、側面が空いたままのムシロ屋根の小屋が一家族用で、円形に配置され、真ん中は踊るための広場になっている。
場合によっては、村の外縁に各家族用の炊事用の火や寝る場所があって、中央に踊り広場のある、一つの円形の共同小屋でできていることもある。
未婚の成人男子は、自分たちだけで独身小屋に住む。

他の原始的な民族と同様、人に対するもてなしが大変好きで、気前よく贈りものをする。些細なことでも祝って、たえず贈りものの交換が行われ、いつの場合も同等のお返しをされることが期待されている。

他の集団との関係は、個人間で訪問しあったり、宴や踊りでときたま会合するくらいである。非常に緩いきずなであって、個々の集団は日常行動を規制して互いに干渉することはない。集団間の戦争や殴り合いのようなものもない。

●村の子供
村の子供たちはほとんど区別されない。みんな、本当の母親だけでなく村のどの母親にもいじくられ、かわいがられ、乳をもらう。乳離れするのは3、4歳になってからであり、その後は「村の子供」と見なされるが、ずいぶんたらいまわしにされる。

その後さらに顕著な分散が起こる。6、7歳以上の子供が両親と暮らしていることはまずない。既婚者がある家を訪問すると、その家の主人に子供を一人養子にくれというのが、礼儀であり友愛のしるしであると考えられているからである。この申し入れは通常同意され、以後、子供は養父と住むことになる。実の両親も他の知り合いの子供を養子にするが、始終実子を訪ね、2、3日その子を連れ出すこともある。

何人養子を迎えようと自由であるが、やさしく、思いやりをもって接しなければならず、すべての面で実の息子や娘のように扱わなくてはいけないし、養子のほうも孝養をつくさねばならない。そのうちさらに別の友人が養子にくれと頼むことも希ではなく、それもすぐ許される。

思春期を過ぎると、男子は両親や養父母の小屋を出て独身者小屋で生活を始め、結婚までそこにいる。

●結婚
アンダマン諸島人の結婚のルールは、社会組織の他の側面と同様、散漫かつ曖昧にできている。近親婚は禁じられているが、その禁止は極めて明確に規定されているわけではない。男性が姉妹や異父母姉妹、伯(叔)母や姪と結婚してはならないことは明らかだが、イトコとの結婚の可否に関してははっきり定まっていない。

里子の場合、幼時に孤児としてもらわれていれば真の親族とみなされ、養子先の近親者と結婚することはできないが、前述の習慣に従って、もっと大きくなってから「借りてきた」子供であれば、もらわれた先の家の子供と結婚しても構わない。実際、この種の養子はふつう、里親のところの兄弟(姉妹)との婚約につながり、双方の両親はそれを期待している。

結婚の大半は、異なった地域集団のメンバー間で行われ、地域的外婚の傾向がある。
結婚の習慣の特色の一つは、レヴィレートと呼ばれる習俗で、夫が死亡すると寡婦は、亡夫の弟か弟に相当するイトコと結婚する。これと表裏をなす習慣、ソロレートもやはり行われており、男やもめは、亡妻の妹と結婚することになっている。この習慣によって、寡婦や男やもめを社会的に保証し、二家族間の結合を維持している。

アンダマン諸島人の結婚は、非常に一夫一婦主義的であり、夫婦のどちらの不義もきびしく非難され、処罰される。しかし、結婚は結婚式によって完全に成就するとはみなされず、子供の誕生によって決まる。
結婚前には、若者たちは自由に性的な実験に参加する。
――――――以上、要約―――――――

「村の子供」としてみんなで子育てするのは、原始社会ではよくみられるが、他の家族間で移籍しあうのは面白い仕組みですね。
元は原始的な兄妹婚か交叉婚だったと思われますが(近親タブーの緩さや若者の性関係に残る)、対偶婚(一対関係)へ移行したので、親子関係における閉鎖性を打破するために、子供の移籍が発生したのかもしれません。(“可愛い子供には旅をさせろ”的発想も働いているでしょうか。)
幼児期にいろんな親(大人)の元で暮らすのは、子供にとっても鍛えられるし、育てる親にとっても共同性を保持するいい仕組みだと思われます。
結婚が女移籍なのか男移籍なのかはっきりしませんが、それまでに既に女も男も移籍しているので、母系も父系も不明瞭なかなり原始的な形態だと思います。

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comments

現代の親子は、社会から孤立する傾向が強い。その結果、モラルの無さ、無関心、虐待などの問題を抱える。
アマンダン諸島人社会にみられる、子供移籍制度をなにかの形で現代の社会に取り入れられないだろうか?例えば、海外へ向かう子供は、留学という形である意味経験出来る事かもしれない。
一般社会において、子供は社会で共に育てるシステムが整うことに期待したい。
キーワードは、「優しく、思いやりを持って接しなければならない。実の子供のように扱わなくてはならない。」です。

  • 須田 鈴代
  • 2007年01月29日 13:26

 「人間は社会的動物である。」と言われる。しかし現代社会では、その根本原理が危うくなってきている。家庭、地域社会においてはもちろんのこと中央政界に至るまでモラルの低下、公徳心、倫理観の欠如は地に落ちている。自己中心的な個人,組織が目立つ。
 アンダマン諸島における子育て方は婚姻形態はさておきこれからの日本を背負っていってくれる子供達の育て方に一つの提案をしてくれているように思える。子供は社会全体の子供なんだから。
 こんな事を思うのは、現代社会についていけない中年の嘆きなんだろうか。

  • 橋本 昇
  • 2007年01月29日 14:07

須田さん、橋本さん、コメントありがとうございます。おっしゃるとおりだと思います。

子供が里子にやられるというのは、密室家庭から開放し、早く社会へ出て行って欲しいという、大人全員の願いのように感じました。

それに改めて読み返して重要だなと思ったのは乳幼児期で、
>乳離れする3、4歳までは、母親“たち”によってたっぷりと愛情が注がれ、その後も「村の子供」としてみんなから構われる。
この土台があってはじめて、里子システムともいうべき社会へと旅立たせる育成プログラムがうまく働いているように思いました。

  • 2007年01月30日 00:03
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