2007年04月04日

アボリジニの「半族→クラン→スキンネーム」について

今日はアボリジニのスキンネームシステムに続けて、言語形態とスキンネームについて少し書いてみたいと思います。

オーストラリアのアボリジニと言っても砂漠地帯に住むアボリジニと、そうでないアボリジニでは全く文化が異なっているようです。

砂漠地帯   :母系社会
砂漠地帯以外:父系社会

となっており、それによっておおまかに2系統の言語に分かれ、そこに文化差が生じています。そこから細かく分けると約500~600近い言語形態に分かれるようです。

↓↓↓アボリジニの伝統的民族楽器ディジュリドゥ(イダキ)を演奏している写真です。
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(↑↑↑今度このディジュリドゥ(イダキ)についてもアボリジニの祭として詳しく書こうと思っています。)

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音韻、文法、語彙の共通性からみると、ひとつの語族がグルーピングでき、パマ・ニュンガン語群といわれる語族と、大陸北部アーネムランドとキンバリー地方の諸言語の語群に大きく2系統の言語に分けられるようです。

『ユーカリの森に生きるーアボリジニの生活と神話からー』 
国立民族博物館助教授 松山利夫著  参考

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下記のジナン族の住むアーネムランドでは13の語群に分類されます。

言語はこのように分かれますが、アボリジニは基本的に文字を持っていません。
しかし、木片に記されたメッセージスティックや、ミンチと呼ばれる線画、記号化された図、レントゲン画法などなど、情報交換をする手法も持っています。
(今度、アボリジニアートの世界として詳しくまとめたいと思います。)

次にスキンネームですが、部族→半族→クラン→スキンネーム→個人のネーム、というように左が右を内包する関係にあります。

中央アーネムランドに住む13語群のひとつの言語グループ<ジナン族>で見てみると、ドゥア半族イリチャ半族という2つの半族に分かれ、

ドゥア半族  → ムルグン、マラング、という2つのクランに分けられ、
イリチャ半族 → ウラッキ、ヤルメ、という2つのクランに分けられています。

そしてそれぞれクランの中を、男性に八種類、女性に八種類の合計一六種類のスキンネームに分けられるようです。

そして最後にその個人名が与えられます。その名前も様々な精霊に因んだ名前が与えられ、トーテムとして精霊を持っているようです。

私、若の友人にも、アーネムランドに訪れ親交を深め、スキンネームを与えられた友人が何人かいますが、
「俺は誰々の叔父にあたるとか、誰々の息子とか、誰々の兄弟にあたる。」
と楽しげに話していました。

アボリジニは、人に対して自分との関係性を認識するとき、このスキンネームで認識するようです。だからこのスキンネームがないと、その人(存在)をどう認識していいのかわからないようなのです。そのためある程度親交を深めると、スキンネームを与えられるようです。

こうして社会全体が緊密な親族の網の目によって結びつく社会を構成しているようです。

読んでもらってありがとう(^_^)Nhaama bunggunggu. by 若

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comments

アボリジニの言語が500~600とも言われているようですが、何でそんなに種類が多いのでしょうか?部族の数も700程度あったと言われており、部族の独立性が高かった(部族単位でそれぞれが縄張りを持って生きていける外圧状況だった)のでしょうか。

  • shinkawa
  • 2007年04月17日 22:16

 アボリジニは1部族が500人程度の集団であったようです。さらに1部族を2つの半族に分け、交差婚を行う(結婚相手はスキンネームで決められている)という形態でした。

 婚姻が部族内で完結していたため、部族ごとの交流が少なく、言語の違いが顕著になってきたのは?彼らが文字を持たなかったことも言語の変化を加速させた要因のような気がします。

 なぜ、700もの部族が統合されずにいたのかは、やはり外圧の低さだったんでしょうか。

  • kato
  • 2007年04月17日 22:37
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